第5話(2/3)

 それから悠里はファッション誌を手当たり次第に物色し始めた。俺も近くにあった男性向けのを読んで時間を潰す。


 程なくして俺の袖を摘まみ、こういうの好きです、と言って悠里が見せたのは、『今こそあえての森ガール!』という記事だった。


「どれどれ」

 記事によると、『森ガール』とは十年ほど前に流行った、パステルカラーを基調とし、ゆるくてふわふわした印象を持たせるファッションらしい。


「ほら私、一応森に棲んでますし!」

「そういうのじゃないと思うけど……」

 とはいえ頭の中でモデルさんの服を悠里に着せてみると、結構似合っていた。悪くない選択だと思う。


 ただし気になるのは、この記事があくまで森ガールの再加熱を狙ったものであるように、十年前に流行った服がここで見つかるのかということだった。


 あるか分からないから一応今流行りっぽいものも探した方がいい、そう言おうと悠里を見ると、にこにこの笑みを浮かべていて、思わず何も言えなくなる。


 まぁ特別珍しいファッションでもないし、似たようなのは見つかるだろう。


「じゃあそういうの探しに行こうか」

「分かりました! ……あ、せっかくなのでこれも買っておきます」

 そう言ってファッション誌を一冊買った悠里とともに、それらしき服が置いてある店を探す。


 幸運なことに、最近の流行りじゃない、というのはこの廃れた時代遅れなショッピングモールにはむしろ最適で、すぐさま良さげな店が見つかった。店頭にあるマネキンが着た服の値札を見ても、そこまで高くない。


「ここいいな。よし行くぞ」

 しかし悠里は俺の袖を掴み、後ろに隠れる。そういえば基本的に人間と話すの得意じゃなかったっけ。


 仕方ないな……。


「さっきの雑誌いい?」

「は、はい」

 雑誌を受け取った俺は、先ほどの記事があるページを表にして、店員さんに話し掛ける。


「すみません」

「はぁい。いらっしゃいませぇ」

 店員のお姉さんは、伸びた語尾と満面の作り笑顔を携えて、俺達を迎えてくれた。


「この子に、こういう感じで一式揃えて欲しいんですけど」

「ふむふむ……」

 お姉さんは記事をじっくり眺めたのち、

「かしこまりましたぁ。お任せくださぁい」

 と微笑んだ。


「あ、あとお金もそんなにないので……」

「はい~学生さんですもんねぇ。いいですねぇ学生カップル。私の腕も鳴ります。最近はしゃがんだ時も膝がよく鳴るんですけどねぇ……って誰が歳やねん!」

「……あ、あの、カップルじゃ、ないです」

 訂正する悠里の小さな声は聞こえないようで、お姉さんは機敏な動きで、服と悠里を交互に見ては次々に服や靴を選び、ちょっと持っててくださいねぇ~、と言って俺に渡してくる。

 しかし、よくこの格好の悠里を見て小学生の妹と勘違いしなかったな。


 十分後、俺の腕にこんもりと服が積まれると、お姉さんは満足そうに、よし! と呟いた。


「三パターンほど選んでみました。どうぞ試着してみてください」

「は、はい」

 そのままの勢いで悠里は服とともに試着室にぶち込まれる。


「可愛い彼女さんですねぇ」

「あー……えっと、彼女じゃなくて親戚です」

「ありゃまぁ」

 お姉さんは両手を頬に押し付けておどけてみせる。


「仲良いんですねぇ」

「あはは。よく言われます」

 私なんてこないだ兄の結婚式で十年振りくらいに会いましたよー、そうなんですねー、などと、とりとめのない話をしていると、試着室のカーテンがゆっくりと開かれた。


「あ、あの、着ました……」

「おお……」

 胸元に大きなリボンがある淡いカーキのワンピースに、温かみのある赤いベレー帽。ついさっきまで見ていた雑誌から飛び出たかのようだった。


「いいじゃん」

「つ、次の着ますね!」

 ぴしゃりとカーテンが閉じられる。ちょ、もう少し見て覚えておきたかったのに。これじゃあ比べるのは難しい。


 ……そう思っていたのに。

 二つ目を見せられ、そして三度目のカーテンが開かれた時――。


 ――あ、これだ。


 一瞬でそう思った。

 上は各所がレースに施された綿雪のような白いパーカー。下は淡いピンクを下地に、幾重にもレースが重なったスカート。これだ。これ以外になかった。


「は、春樹さん、どうですか……? 春樹さん?」

「あ、悪い見惚れてた」


「え」


「え」


「あらまぁ」


 一同赤面する。


「あ、いや、すまん。特に深い意味はないから。うん、普通に似合ってると思うぞ」

「そ、そうですか……じゃ、じゃあこれにします……」

「はーい、ありがとうございまーす♪ 着て行かれますよねぇ? 値札お切りしますねぇ」

 お姉さんは手早く悠里に服を着せたまま値札を切り、会計へと進む。


「全部で一万八千八十円ですねー」

 さすがに服上下から靴までとなると、結構な値段になるな。

「は、はい。……あ、これ」

 レジの傍らにあったヘアピンを見て、財布からお金を取り出す悠里の手が止まった。白く大きめの花が付いた可愛らしいヘアピンだ。


「あ、そちらも買われますかぁ? その服にもお似合いだと思いますよぉ」

「え、あ、いえ……大丈夫です。パンケーキ食べれなくなりますし……」

 と言って悠里はピッタリ一万八千八十円を支払う。


「春樹さん、お待たせしました」

「香椎さん達との待ち合わせ、いつどこなんだっけ」

「十一時半に学校前です」

「ちょうどいいくらいだな。……あ、トイレ行っといていいか?」

「あ、はい。私も行っておきます」

 ということで二人してトイレに行ってから、俺達はショッピングモールを後にした

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