第5話(1/3)

 ゴールデンウィーク初日、水やり当番もなく、当初は家でゴロゴロしながら、さぁこの一週間強の休みをいかに過ごしてやろうかと考えるという、予定を立てる予定を立てていたわけなのに、俺は今日も池の前に来ていた。


「おはようございます春樹さん」

 静かな水音を立ててやって来たのは当然悠里だ。


「…………ダサいなそれ」

「……マジですか」

「……マジですわ」

 俺のリアクションで、悠里は池の中でうなだれる。


 今日のお昼、香椎さんと木苺さんとで近くに出来たパンケーキ屋に行くことになっている。といっても俺は参加者じゃない。流れで提案されたけど、今回は女子会だからとハブられた。

 まぁ透は部活で来れないし、両手に花でも一輪余る状況なんて喜ばしいけど耐えられそうにもないからむしろありがたいけど。……強がりではない。


 どうでもいいけど、お昼ご飯にパンケーキってところが女子だよな。俺なら絶対足りない。

 話を戻して、それじゃあなんで俺がここに来ているのかといえば、それは悠里の、

 ――私服が変じゃないか見てほしい。

 というお願いからだった。


 何でも人間と出掛けるなんてことは初めてのことらしく、私服が人間的なセンスでおかしくないか確認し、おかしければ一緒に服を買いに行って欲しい。香椎さんや木苺さんに変だと思われたくないということだった。しかし案の定悠里の私服はおかしかった。


 下はシンプルなベージュのハーフパンツだからまぁいい。……それでも同級生の女子と遊びに行く時の服としてはどうかと思うけど。


 問題は上。

 青い熊なのか何なのかよく分からないキャラクターがプリントされたTシャツだ。なんだっけこれ、小学生の時に女子の筆箱とか鞄とかにいた気がする。ってか悠里は小柄だから着れているけど、そもそもそれ子供服じゃね?


「か、可愛くないですかこれ……」

「うん」

 ばっさりと切った俺の言葉で、悠里はもう一段階うなだれる。というか最早顔が浸って、河童じゃなければ溺れそうだった。


 かつての女子小学生にはトレンドだったとしても、今の女子高生からしたらダサい他ない。もしくは一周も二周も回った渋谷の女子高生が使う高等テクニックだろう。悠里はもっと無難なので良い。


「それじゃあ時間もないし、さっさと行くぞ」

「……はい」

 自分のセンスが全否定された悠里は、水を滴らせながら俺の後ろをついてくる。


「どこのお店に行くんですか? お母さんからお金を貰ってきましたけど、あんまり高いところはちょっと……」

「そうだな。そこは分かってる」


 ところで河童ってどうやってお金を得てるんだろう。悠里の親って何の仕事してるんだ? 色々と気になるところはあるけど、今は気にすべきことじゃないか。何より他人の家の財布事情なんて詮索するもんじゃない。


 バスに乗ってやってきたのは、小さなショッピングモールだった。俺が小学生の頃はもう少し華やかだったんだけど、駅の近くに大きなものが出来てからは寂れつつあり、店舗募集のスペースも多くなっている。


 それにしても、このお子様Tシャツを着た悠里を連れていると、誘拐中と思われないか心配になってくる。クラスメートと言っても信じてくれなさそうだ。

 内心びくびくしながらまず向かったのは、服屋ではなく本屋だった。


「春樹さん。いくら人間の常識を知らない私でも、ここに服がないことは知ってますよ。馬鹿にしないでください」

「けどほら、そこに鞄とかあるだろ」

「え、嘘。…………本当だ」

 なぜか本屋って鞄売ってるところあるんだよなぁ。


「とまぁ冗談はさておき、別にここで服を買うわけじゃない。鞄やアクセサリーは売ってても服はないしな」

「む」

 からかいやがって、という表情で悠里が睨む。


「それじゃあどうしてここに?」

「俺だって女子のファッションとかよく知らないしな」

 完成品を見て良し悪しは言えるけど、良いように作り上げてくことは出来ない。


「だからファッション誌を参考にしようかと」

「……ふぁっしょんし?」

「あれ、存じ上げない?」

「はい」

「コンビニにもあるけど、見たことない? ほら、悠里がよく行くとこなら、入ったら右手の方に本が並んでるだろ」

「…………はっ! も、もしかしてあのエッチな本ですか!?」

 いや確かにそれもあるけども。


「ここぞとばかりに私にいやらしい服を着させるつもりですね汚らわしい!」

「ちげぇよ」

 出たな、怪人理不尽カンチガイ。


 釈明するより物を見せた方が早いだろうと、俺は女性向けのファッション誌が平積みになったスペースに引っ張って連れて行く。普段用があるはずもないので、俺もしっかりとこの場所の前に来るのは初めてだった。


「これがファッション誌だ。説明するより、読んだ方が早いだろう」

 どれも一番上にあるものは紐が切られ、立ち読み出来るようになっていた。悠里は目の前にあった雑誌を一つ取り、恐る恐るパラパラと捲る。


「おお……。可愛い人達がいっぱいいます……」

 次第に爛々と目を輝かせてのめり込む悠里を見て、ビジュアルだけなら引けを取らないだろうにと、心の中で独りごちる。


「まぁその中にあるのなら大抵間違いないだろうし、いくつか読んでみてその上で悠里の好みを選んでみたらいいんじゃないか?」

「分かりました!」

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