第4話(2/4)
「綺麗な川だと思ったけど、こうやって見ると結構ゴミあるんだね。……魚肉ソーセージのやつかなこれ」
火ばさみを使って石の隙間から赤いビニールを取り出しながら、香椎さんがそう言った。
俺達が今清掃しているこの場所は、砂利が堆積し、川辺のギリギリまで降り立つことが出来る。いわゆる河原と呼ばれるスペースだ。
手狭なことや周囲に住居があることから、ここでの花火やバーベキューは本来禁止されているのだけど、それでも大学生がたむろし盛り上がっているのはよく見る光景だった。
酷い連中だと、遊泳禁止区域なのに泳いでいたりする。
清掃区域は荒櫛川の周囲一帯ということなので、堤防を越えて川から離れところ、例えば住宅街も対象なんだけど、残念ながら俺達に割り当てられたのは川を目の前にしたこの場所と、そこから伸びた道の先にある橋の下のスペースだった。
香椎さんはもちろん、目の届くところに他の生徒もいるから怪しい行為を起こすわけにはいかない。
しかし悠里はしっかりと対策をして来ていた。
学校には制服で来たのち、持ってきたジャージに掛かった撥水の術を解除し、それにトイレで着替えたのだという。これなら濡れても自然だ。
まぁ生身部分に水が掛かったら問題だけど、手はすぐ拭いたことにすればいいし、頭から被るなんてことはまず起こり得ないだろう。
なので俺は安心してボランティアに励んでいた。
「(お、飴の袋発見)」
火ばさみで拾い上げ、やたら大きなゴミ袋に放り入れる。
持ち歩くのにも厄介で、余ったところを踏んでしまいそうだ。絶対こんな必要ないだろうに、一体何を拾わせるつもりなのか。川を漁って出てくる大きなものなんて河童くらいなものだ。
「そういえば、ゆゆは矢蒔くんのことマッキーって呼んでたよね。中学の頃そう呼ばれてたの?」
そう訊ねられて香椎さんの方を向くと、彼女はふぉっふぉっふぉと鳴き声を上げながら火ばさみをカチカチと鳴らした。大変お茶目である。
しかしここは特に触れない方が正解と判断したので普通に質問に答える。
「いや、木苺さんが命名した」
「へぇ。私も呼んでいい?」
「えっ、あ、うん、いいけど……」
「あー、けどマッキーはなんか違うなぁ」
木苺さんのセンスはお気に召さなかったらしい。
「普通に春樹君の方がしっくり来るかも。いーい?」
むしろいい。
俺は黙って頷いた。というか口を開いたら余計なことを言いそうだった。
「柚木さんも……ゆずゆずは恥ずかしいし、悠里ちゃんって呼んでもいいかな?」
香椎さんは後ろの方で作業する悠里に問いかける。
「べ、別にいいですけど……」
話を聴いていたのだろうか、聴き返すことなく悠里はそう答えた。
「やった♪ なんかゆゆだけ二人と仲良くなっててずるいなーって思ってたんだよね。まぁ同じ部活だから当然なんだけどさ」
よくそんなことを恥ずかしげもなく言えるなぁ……。こういうところが人気者の秘訣なんだろうか。
「園芸部ってどんなことしてるの?」
との質問から、以降は部活の話をしつつゴミを拾っていった。基本的には俺と香椎さんが話してばかりだったけど、話題が話題だったし、優しい香椎さんが時折話を振ってくれたおかげで、悠里も会話に参加していた。
手も口も休めることなく、あっという間に時間は過ぎて、時計は十時半を指していた。片付けの時間もあるので、ゴミ拾い自体は残り三十分程度といったところだ。
「ここはもういいかなー」
香椎さんが三分の一ほど満たされたゴミ袋を携えながら河原を見渡す。
確かに清掃以前に比べ、大分綺麗になった気がする。石の隙間を見れば飴袋の一つや二つ出てきそうだけど、缶や雑誌といった目立ったゴミはもうない。
「あとは橋の下やっておしまいだね」
ということで数段の階段を上がり、堤防と川の間に出来たコンクリートの道を歩く。道といっても、本来は上から辿って行くのが正しいので、非常に細いものだった。ゴミ袋が斜面に当たるので左手に持ち替えて進む。
「そういえば香椎さん、これ参加してるけど今日部活は休みなの?」
「んーん。あるよー午後から」
「タフだなぁ」
やってみて改めて思ったけど、ゴミ拾いって結構体力を使う。
「これくらい全然っしょ。一日練習の部活だってあるんだし」
「まぁそりゃそうか」
そう思うと、どうせ学校に戻るなら、畑の様子でも見てから帰ってもいいかと思った。土日は用務員さんが水をやってくれているから、本当にただ様子を見るだけになるけど。
「なぁ悠里――」
誘いの声を掛けようと悠里の方を振り返り、俺は双眸を見開く。
まずい。そう思った時には遅かった。
大きすぎるゴミ袋。
身長の低い悠里。
狭い通路。
運動神経の悪い悠里。
様々な不運な要素が重なってしまったのだ。
悠里は袋の余ったところを踏んづけてしまい、そして足を滑らせた。呆気に取られた表情のまま、川へと落ちていく。
何も出来ないまま、小さな水飛沫が上がった。
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