第4話(1/4)
もう少し色々気を付けます、その言葉以降、確かに悠里が努力していることは窺えた。
水やりの際は余裕をもって運べる量だけ入れるようになったのはもちろんのこと、飲用のペットボトルには特殊なキャップが付き始めた。
なんでもそれを付けると、多少飲みにくくなるものの倒れてもこぼれないのだという。
選択科目でも、美術や書道は筆を洗って水を使うからと、音楽を選んでいた。ただあれは口振りからして、単に美的センスがないからではと俺は踏んでいるけど。
人間関係についても、部活が一緒の木苺さんに加え、香椎さんとは透含めて五人で昼食を取るのが定着したため、悠里もその女子二人とはそれなりに打ち解けているように感じていた。
慣れるにしたがってゆとりが出てきて、俺がフォローに回らずとも悠里自身で誤魔化すことも出来、それがまた自信となって話しやすくなり……と好循環になっている。
頭痛の種を挙げるとするなら、男女混合のグループで昼食を取っているのはクラスで俺達だけのようで、悪目立ちしている節があることだ。特に女子は三人とも可愛い。現に俺はクラスメートの男子から嫌味混じりの羨望の声を貰っていた。
ただ女子の方はそうでもないらしい。たぶん香椎さんと木苺さんの気質のおかげだろう。俺達以外のクラスメート達とも仲良くやっているみたい、というか香椎さんに至っては、至る所にコミュニティを持ち、クラスの中心のような存在となっていた。
悠里も、仲良くとはいかずとも邪険に扱うことはなくなり、話し掛けられたらしっかりと応じられるようになってきている。
そんなわけできゅうりの苗もほんのりと成長が見られ始めた頃には、俺はすっかり安寧を感じていた。
……と思っていた矢先。
「えーーーーっと。みんな早く帰りたいと思うけど、残念ながら案内がありまーす」
一番帰りたいのは貴方でしょう、と突っ込みたくなるような土橋先生の挨拶でホームルームが始まった。
「来週の土曜。今週末じゃなくて来週末なー。例年あるんだが、近くの川の清掃ボランティアの募集が来てる。各クラスから三人以上参加するようにとのことだー」
そう話しながら、先生は詳細が書かれたプリントを配った。
「(こんなの参加するやついるのか……?)」
回ってきたプリントを眺め、正直な感想を述べる。
朝八時に学校に集合。軽い説明、道具の配布の後、徒歩五分行ったところにある荒櫛川(あらくしがわ)という川の周囲をみっちり三時間に渡って清掃。再び学校に戻って正午前に解散というもの。
報酬は何一つない、完全なボランティアだ。
部活や遊びで忙しいし、まだ内申点を気にすることはない高校一年生が、特に恩恵もないのに休日にゴミ拾いをするとは思えない。
案の定教室には「行くー?」「んなわけない」「だよねー」と笑い合う声が広がっていた。
先生も予想通りといった苦笑いを浮かべている。
「ま、今じゃなくても、今週までのとこで決まればいいから考えと――」
「――はい! 私やります!」
ざわついていた教室は静まり返った。威勢の良い声。しかも普段は大人しい日陰者の生徒から発せられたのだから当然の結果だ。当然、皆の視線は彼女に集まる。
「おぉー。柚木、やってくれるか」
「は、はい……」
およそ八十個の目にやられて、真っ直ぐと掲げられていた右手は委縮し、消え入りそうな声で悠里は答えた。自分から名乗り出ておいて心細くなったのか、
「あ、あと矢蒔くんもやるって言ってます」
「おいちょっと待て」
勝手にそんなことを言い出しやがった。
「本当か矢蒔」
「あ、え………………はい」
期待を込めた先生の視線、クラスメートからの好奇な視線、そして何より背中越しに感じるすがるような視線に負けて、そう答えてしまった。まぁ恐らく何の用事もない日だから問題はないんだけど。
「よしよし。じゃああと一人か……」
と言って先生が今一度教室を見渡すと、
「じゃあ私やりまーす!」
それはお昼によく聞く、快活な声だった。
「おお、香椎か」
クラスの中心人物の彼女だ。悠里の時とは違ってクラスメート達も納得の表情を取る。
そんな彼女を見ていると、視線がかち合って微笑みを投げられた。
……もしかして俺が参加するから? いやいやまさか。元々興味はあったけど雰囲気に押されてしまって、それで知り合いが参加するってなったから手を挙げたって具合だろう。
「よーし、これで三人揃ったなー。まぁ三人“以上”って決まりだから、他にも参加したいやつがいたらいつでも言ってくれー」
締まらない声でホームルームを締めくくられ、放課後となった。
俺はすぐさま悠里に小声で話し掛ける。
「(おい、何やってんだよ悠里! 川だぞ川!)」
さすがにじゃぶじゃぶ中に入って作業ってことはないだろうけど、具体的な作業内容が分からない今、軽く水が掛かる可能性は否めない。
「(色んな体験した方がいいって言ったのは春樹さんじゃないですか)」
「(それはそうだけど……)」
色んな、は選んだ方がいい。
「(……私だって分かってます)」
悠里は口先をすぼめ、拗ねるように言う。
「(でもでも、あの荒櫛川ってうちと繋がってますし、小さい頃は夜中遊んだこともありますし……)」
何かと愛着があるわけか。
「(それに、だからこそ春樹さんも参加させたんじゃないですか。……責任もって、フォローしてくれるんですよね?)」
恥ずかしげに、それでいていたずらそうな笑みを浮かべられ、俺は何も言えなくなる。
まぁ、最近の悠里は何かと気を配っているし、心配することは起きないだろう。
そう自分に言い聞かせたのだった。
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