第3話(6/8)
「穴は根鉢より少し大きめに掘ってくださいね。大体大人の男性の拳が余裕で入るくらいです」
マルチシートと呼ぶらしい、畑の上を覆うように敷かれた黒いビニール。そこに空いた穴から、デモンストレーションとして烏羽部長が土を掘り出す。
部活見学の日から土日を挟んだ四日後。今日は記念すべき初の園芸部の活動日だった。活動は自由に、とのことだったが、いきなり一人でどうこうは出来ないので、今はこうして部長から苗植えの説明を受けていた。
話を聴いているのは俺と悠里、そしてうねを挟んだ正面にもう一人。
「うーん、このくらいかな……?」
「木苺さんなら拳二個分くらいかもしれませんね」
そう、クラスメートの木苺さんだった。どうやら部活見学に行った時に部長が言っていた、昨日も一人見学に来た、というのは彼女のことだったらしい。
「穴が掘れたら、茎を指で挟むように持って株を抜き取り、そっと植えましょう。植えれたら上の土をきゅって押さえてくださいね」
「はーい!」「はーい」
悠里以外の二人で返事をする。
「んっ! んんっ!」
「あ、こら悠里、もっと丁寧に」
なかなかポットが取れなかったようで、悠里は苗を逆さにして振っていた。
「ぅぬぁっ!」
「言わんこっちゃない」
苗が痛むことはなかったが、勢いよく飛び出たせいで土が舞って悠里の顔に掛かり、俺の太ももにも飛来する。そんな俺達の姿を烏羽部長は笑って見ていた。
今日は軽作業だから着替えなくても大丈夫、という部長の言葉から、俺達新入部員三人は制服のまま作業を行っている。なのであまり土と仲良しこよしするわけにはいかない。部長は先日同様、学校指定のジャージだった。
どうにか苗をポットから畑に移すことが出来たところで、
「それじゃあ残りもやっておいてください。私はちょっと忘れ物をしたので取りに行ってきます」
と言って部長は畑を後にした。
園芸部に決まった部室はないけど、プレハブ倉庫が一つ与えらえている。ただ元々は園芸部の為に用意したものではないらしく、階段を下りた先にあるゴミ捨て場の隣と、畑からはやや不便な場所に設置されていた。
「……にしても、まさか矢蒔くん達も園芸部だったとはねぇ」
三十分ほど前、この畑で鉢合わせた時に散々驚き切ったというのに、改めて木苺さんがそう言った。
「あ、そうだ! せっかく同じ部活になったんだし、親睦深めるためにもあだ名で呼んでもいーい?」
俺達の返事を聞くより先に、うーん……何がいいかなぁ、と頭を悩ませる木苺さん。
「矢蒔春樹……やまきはるき……はるちん? はるるん?」
「……なんか可愛いから別ので」
「うーん……やまきやまき……。あ、じゃあ良太くんで!」
「誰だよ」
「ゆゆが小五の時クラスメートだった山木良太くん」
「ホントに誰だよ!」
「スポーツ出来て、顔も良かったんだけど、なぜか全然モテなかったんだよねぇ……不思議」
「俺からしたらそもそも山木君自体が不思議」
その手の他人の名前が由来のあだ名って、普通は芸能人だろうに。
木苺さんも、今のはボケだったらしく俺の突っ込みにクスクスと笑っていた。しかし聞こえた笑い声は二つ。傍らを見ると、悠里も口元に手を当て、堪えるように笑っていた。鼻から息が漏れている。
「じゃあマッキーで!」
最終的に逢着したのは、非常に無難なものだった。確か小学生の頃、そう呼ばれた時期があったはずだ。後にその称号は牧野君に取られたけど。
「柚木さんは何がいいかなー♪」
作業には慣れたようで、手ではポットから苗を取り出しつつ木苺さんが思案する。
「あ、ゆずゆずとかどうかな!? 可愛くない?」
「ゆ、ゆずゆず……」
お気に召したのか召さなかったのか分からないけど、悠里は狼狽えて言葉を反芻するだけだった。
「どうかな?」
「……ま、まぁ好きに呼べばいいんじゃないですか」
「じゃあゆずゆずね! よろしく!」
邪険に扱われていることは気にせず、木苺さんはハイテンションのまま突き進む。
「あ、ゆゆのことはゆゆでいいよ!」
「ゆ、ゆゆさん……」
「マッキーもどうぞ!」
「俺はいいよ……恥ずかしい」
女子を名前呼びするのには慣れていない。悠里に関しても、親戚という設定上名字だと不自然だからそうしているだけであって、多少無理している。
「ちぇー。まぁ呼びたくなったらいつでも呼んでいいからね」
無理強いはしないようで、俺も適当に相槌を打って呼び名の話は終わった。
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