第3話(5/8)
「それじゃあキリもいいところでしたし、早速活動を紹介しますね」
「は、はい」
途端、緊張感が再び高まる。
「園芸部の活動は主に二つ。一つは中庭の花壇の手入れです。中庭の花壇、見たことありますか?」
二人して首を横に振る。
「よかったら今度見てみてください。ピンクのゼラニウムが綺麗ですよ」
そう言って笑う烏羽部長。たぶん貴女の方が綺麗ですよ、という歯の浮く台詞が自然と湧いてくる。当然口には出せないけど。
「もう一つがここの畑での栽培です。部員一人ひとりに区画が与えられて、そのスペース内で好きなものを好きなように育てます。二人は何か作ってみたいものはありますか?」
うーん、なんだろうと思考を始めた頃には、
「はい! きゅうり! きゅうりが作りたいです!」
と右手を挙げる、本当に悠里か? と疑問に思う彼女の姿がそこにあった。
なるほど。悠里が園芸部に来たがったのはこれが理由か。
「好いですね胡瓜。軽く漬けてもいいですし、冷やしてそのまま戴くのも好いです」
「…………」
「おい、涎」
「おっと」
口元を拭う悠里を見ていると、本当に河童なんだと現実を思い出す。水掻きや濡れないところを見ているので疑っているわけじゃないけど、それ以外があまりに人間的なのでつい忘れがちになる。
「胡瓜なら比較的簡単な部類ですし、ちょうど今くらいの時期から育て始めるので丁度いいですね」
「私、ここに入部します」
「本当ですか!?」
烏羽部長は念願のおもちゃを買ってもらった少女のようにぱぁっと目を輝かせた。
「(おい、本気か?)」
悠里を引っ張り、烏羽部長に聞こえないように耳打ちをする。
「(何ですか。部活に入るよう促したのは春樹さんでしょう)」
「(いやまぁそうだけど……)」
確かにその通りだけど、こうも能動的になられると一歩引いてしまう。単にきゅうりのせいで周りが見えなくなっているだけに思えるし。
俺が悠里に望むのは部活に入ることじゃなくて、部活を通して高校生活を楽しむことだ。だからこそきゅうりに目が眩んで入部して、後になって後悔するという展開は避けたい。
「どうかしましたか?」
密談をしていた俺達を不審に思った烏羽部長がそう声を掛けてくる。
「あ、いや……き、決めるのは活動日を聞いてからかなー……って」
「あぁ。大事ですもんね活動日」
心得ました、という表情をする。上手く誤魔化せたようだ。
「活動日は一応毎週水曜日となってますね。その日は家庭科室に集まって経過報告をもらいます」
「一応ですか?」
「はい。当番制で畑と花壇の水やりがあるのと、水やり以外に関する自分の畑の管理は各自の裁量に任せるといった感じなので」
「なるほど」
一度の作業は少ないけど、こまめな参加が求められそうだ。
「ちなみに烏羽部長はどのくらいの頻度で活動してるんですか?」
「あーっと……」
そう訊ねると、恥ずかしそうに頬を掻いた。
「毎日、ですね……」
「え、そんなに必要なんですか?」
烏羽部長が所有する畑があまりに多いのか、俺の想像以上に農業というのは大変なのか。
「実は部員が私しかいないので、当番制と言いつつ毎日私が水やりしているのが現状でして……」
「まじっすか」
さっきから周囲に誰もいないと思ってたけど、そういう真相だったのね。
「あ、でもでも、もしお二人が入部されても、水やりは週に一度にしますから! どうせ私、やることがなくても毎日眺めに来ていますし!」
負担が大きいと入部を控えると考えたのだろう。烏羽部長は慌てて手を振ってそう言った。
「……どうする?」
あらかた聞くべきことは聞き終わったと思ったので、改めて悠里に入部の意志を確認する。
「やってみたいです」
その口ぶりは、多少の興奮は残っているものの、一時の勢いじゃなさそうだった。
「じゃあここにするか」
途端、烏羽部長の顔が再度華やぐ。
「え、もしかして春樹さんも入るんですか?」
「え、もしかして春樹さんは呼ばれじゃない?」
「いえ、そうじゃなくて……いいんですか?」
悠里は前髪の隙間から俺の顔を覗いていた。
「そりゃまぁ、あんな宣言したしね」
「……けど今日のお昼、香椎さんに誘われてたじゃないですか」
「んー……まぁそうなんだけど、わずかにこっちに軍配が上がった」
バドミントンはソフトテニスに似ている。どうせなら全然違うことをやってみたかった。
掛け持ちという手もあるけど、家に帰ってからやりたいこともある。そこまで学校で時間を使う気にはなれなかった。
「そう、ですか……」
何をどう納得したかは分からないけど、悠里は小さくそう呟いた。
「というわけで烏羽部長、よろしくお願いします」
「よ、よろしくお願いします……」
「はい、よろしくお願いします。それでは入部届を担任の先生から貰って、後日提出してください」
こうして、園芸部での活動が始まったのだった。
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