第3話(4/8)
そして放課後。
鞄に教科書を詰め終わって帰ろうとする悠里の机に、一枚の紙を叩きつける。
「よし、どれがいい」
「はい?」
悠里は紙をまじまじと見つめた。しかし彼女も一度は見たはずのものだ。すぐに内容を把握する。
それは部活紹介の一覧表だった。
「もしかして……」
「おう。見に行こう」
何か反論してくるかと思ったが、一瞬俺の目を見つめるだけで、再度一覧表に目を落として吟味を始めた。
ややあって、これで、と悠里が指を差したのは、
「園芸部か……」
なんとも地味なチョイスだな。もっと王道的なところを選ぶと予想していたのに。
しかし園芸部となると、水やり、という言葉が頭にちらつく。極力リスクは減らした方がいいとは思うけど、まぁ興味があるのが一番だ。
「よし。じゃあ行くか」
悠里は黙って頷いた。
――――――――――――――――
「えっと……こっちの方だよな……」
入学式の日に貰った学内の地図を頼りに、階段を上がる。
園芸部には部室というものがないらしい。
部活紹介に書かれていた部長の挨拶曰く「晴れた日の放課後ならいつでも畑で捕まえられると思います。あ、ライ麦はないですよ」とのことだったので、俺達はその園芸部が所有する畑に向かっていた。
テニスコートを抜け、弓道場の裏に出ると、大きな麦わら帽子が見えた。学校指定の赤いジャージに身を包み、こちらに背を向けてしゃがんでいる。
「あの人っぽいな」
「ですね」
よく見ると傍らには抜いた草の山があり、畑の手入れをしていることが分かった。部長さんじゃなくとも園芸部の人間に間違いはないだろう。
「あのー……園芸部の鳥羽(とば)部長ですか?」
そう声を掛けると、むくりと起き上がって帽子を外し、こちらを振り向く。長く艶やかな黒髪が翻り、瞬間、俺達は息を呑んだ。
「(……なんだこの美人)」「(……なんですかこの美人)」
思わず呟いた言葉は悠里と共鳴した。
薄汚れたジャージ姿に、軍手と首に下げたシンプルな白いタオル。美しさとは対極にあるだろう出で立ちだ。
もし彼女が“ある程度”の可憐さなら、その光景はシュールに映っただろう。
しかしそんな違和感は圧倒的な力で、それでいて繊細に、ねじ伏せられていた。
深窓の令嬢、そんな言葉が頭に浮かぶ。土いじりではなく窓辺で本と戯れていたなら、その様はあまりに完成され過ぎていてこの世のものじゃないと思えそうだ。
「一年生……。もしかして見学の方ですか?」
悠里の胸元のリボンを一瞥してそう問うた。男子は学年による制服の違いはないけど、女子はリボンの色が異なる。悠里達一年生は緑だ。
「は、はい、そうです」
その澄んだ瞳はまるで心の裡を全て見透かすかのようで、後ろめたいことは何一つないのに緊張してしまう。悠里も隣でこくこくと頷くだけだった。
「いらっしゃい。私は三年の烏羽澄香(うばすみか)です。よく間違われるんですけど、鳥羽じゃなくて烏羽。鳥じゃなくて烏の羽なんですよ」
「烏の羽……」
名は体を表すとはこのことか。烏の濡羽色。確か、彼女のように美しく艶やかで、僅かな青みを帯びた黒髪をそう形容したはずだ。
「お名前を伺ってもよろしいですか?」
「あ、はい。俺は矢蒔春樹です」
「ゆ、柚木悠里です」
「矢蒔君に柚木さんですね。ようこそ園芸部へ」
人当たりのいい笑みを浮かべてくれ、少し緊張が和らぐ。
「今年は幸先がいいです。昨日も一人見学に来てくれたんです」
その口ぶりからするに、例年園芸部の入部者は少ないのだろうか。
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