第3話(3/8)

「そういえば、みんなは部活は決めた?」

 だから香椎さんがそう話題を変えた時、俺は安堵した。


「俺は野球部」

 透が真っ先に答える。

「ゆゆはまだ検討ちゅー」

「俺も検討ちゅー。香椎さんは?」

「私はバドミントン。うちのとこ、そんなにキツくないみたいだし適度に身体動かすのにちょうどいいかなって」

「俺も運動部入るなら緩いとこがいいな」

「あ、それじゃあ矢蒔くんも一緒に入ろうよ」

 何の気なしに言った言葉に何の気なしに返した言葉だろうが、それは大変、全くもって、非常に魅力的な提案だった。


「……考えとく」

 ラケットって、いくらで買えるんだろう。おおかた社交辞令だろうと思いつつ、貯金額を思い出す。


「柚木さんもどう?」

「私は遠慮しておきます」

 やや食い気味にそう答えた。


「何かやりたい部活があるとか?」

「……別にそういうわけじゃないです」

「そ、そっか」

 なんか雰囲気が悪くなりそうだったのでフォローを入れる。


「ほら、悠里は運動苦手だから。昨日の五十メートル走見てたでしょ」

 盛大に転んだ姿を思い出し、ああ、と一同が納得する中、悠里だけが不貞腐れた顔になっていた。


「別に運動苦手なわけじゃないですし。陸が苦手なだけですし。水中なら超速いですし」

 おい変なとこで張り合うなこの負けず嫌い!


「水中? 泳ぐの得意ってこと?」

 木苺さんが首を傾げて訊ねる。


「そうです」

「水泳習ってたとか?」

「いえ、習ってたわけじゃ…………あ」

 悠里はようやく自分がボロを出しつつあることに気付いたらしい。


「習ってはないけど得意ってこと?」

「あ、えっと、その……」

 救いを求める瞳で俺を見つめる。


「……ほら、さっき話した川でよく泳いでたから」

「そ、そうです。それです!」

「なるほどね」

 それで追及が止む。俺と悠里は揃って安堵の息を漏らした。


「香椎さんと木苺さんは同じ中学なんだよね? どこ中?」

 と話の矛先を逸らし、以降の話題は二人や俺と透の中学時代の話となって問題なく昼食は進んだ。

 悠里も話題が自分じゃないことでリラックス出来たのか、ほとんど話すことはなくとも時折相槌を打ち、しっかり輪の中にいた。


 普段よりゆったりとした昼食が終わってもまだ昼休みは残っていたので、俺は用を足しにトイレに向かっていた。すると後ろから、

「春樹さん」

 と声が掛かった。その呼び方をするのは一人だ。


「どうしたの?」

「さっきの、どういうつもりですか?」

「さっきの?」

「お昼ご飯です。香椎さん達と一緒なのは気まずいとおっしゃってましたけど、やっぱり何か思惑があったようにしか思えません。私がいなくても小樽さんがいれば男女比的にも十分でしょうし」

「…………」

 それも確かにそうだな。


「全く。バレたらどうするんですか。現に一度危なかったですよね」

 無言を肯定と捉えた悠里がそう嘆息する。バレたら、といったセリフも迂闊に出すべきじゃないと思うけど、ありがたいことに周りに人はいない。


「あれは悠里が張り合うからだろ」

「う……。で、でもそもそもお昼を一緒しなければ、危なくもならなかったはずです」

「まぁそうかもしれないけど……みんなで食べるのも悪くないだろ?」

「……そ、それは、まぁそうですけど」

 唸る悠里は、何か気付いたように俺に訝しげな表情を見せた。


「もしかして昨日のあの言葉はそういうことですか?」

「まぁそういうこと」

「……けど、バレたら元も子もないです。だからひっそりと、空気に徹して……」


「いや悠里、現状かなり目立ってるからな?」


「え?」

 全く心当たりがないように、目をぱちくりさせる。


「完全な空気になるって難しいんだぞ」

 あれは狙って出来るようなもんじゃない。


「悠里は孤立しているけど、逆に目立ってる。じゃなかったらあんなに壁を作っている人間に対して、三日続けて昼食に誘ったりしない」

 徹底して壁を作り続ければ、いつかは根負けして悠里が興味の対象から外される日も来るだろうけど、いつになるか分からない。それに壁を作っているようで、唯一矢蒔春樹とは話す、という隙が残っている。


「何が悪かったんでしょう……」

 悪くない。むしろ良いんだ。容姿が。


 どれだけ高い壁を挟んでいても、その可憐な容姿は人を惹きつけている。現に直接彼女に関わろうとはせずとも、遠巻きから眺め噂する声はこの数日耳にしていた。


「どうせ放っておいても気にされるんだ。同じ危ない橋なら、楽しい方がいいだろ?」

「それは、まぁ……」

 前髪の隙間から覗く右目は、俺の足元を見ていた。


「大体、人間の世界のことを身をもって学ぶっていうなら、他人と関わった方が勉強になるだろ」

 それが決定打となったのか、何か納得したように俺の目を見つめ、黙って踵を返した。

 

 そして悠里は首だけをこちらに向けて呟くように言う。




「……だったら、責任持ってフォローしてくださいね」

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