第3話(2/8)

「ゆゆはみんなと初めましてだよね?」

 席に着くや否や、弁当箱が入っていると思しき赤い巾着を開くより先に、そう言った。

 俺と透は揃って頷く。


「ゆゆは木苺ゆゆだよ! なっつんとは中学からの親友なんだ! よろしく!」

 陽気な子だなぁ……。

 若さゆえのエネルギーを、もったいぶることなく放出させている。と、右手作ったピースサインを突き出す彼女を見て思った。小柄だが存在感は人一倍ありそうだ。


 俺と透も軽く自己紹介を済ませ、弁当をついばむ。今日は三色丼だった。鶏そぼろの茶、卵の黄、そしてご飯の白。……母さん、その稼ぎ方はずるくないか。色を増やしたうえで具は減らす。経済的な名案かもしれないけど。


「ようやく一緒にお昼できたね、柚木さん」

 ピックが刺さったベーコンの巻物を持ちながら香椎さんが悠里に微笑みかける。

 しかし悠里は目を一瞬向けるだけで、黙々とサラダをついばむ。その一口は大変小さく、そんなところは河童らしく小鳥の口みたいだった。


「ようやくって?」

「入学式の日も昨日も誘ったんだけどフラれちゃってて」

「やっぱり矢蒔くんがいると大丈夫なんだねぇ」

 木苺さんのその言葉にはどこか囃し立てる語気を孕んでいる気がした。悠里は何も言わない。

 しかしなるほど。俺は悠里を招くための餌だったというわけか。まぁそんな甘い話あるわけないもんな。

 となると、これは悠里がいなければ本当に気まずかった。


「二人は親戚なんだよね?」

「うん。父方の祖父の姉? 妹? どっちだかの孫」

 昨日決めた設定を披露する。現実味を持たすために、細かいところはあえて曖昧にしてみた。


「仲良いんだねー。ゆゆも従兄のお兄ちゃんと昔は遊んでたけど、今は全然だなぁ」

「俺なんて親戚に最後に会ったの、いつだろうってレベルだよ」

 やっぱそんなもんだよな。俺も本物の親戚とは年を重ねるにつれて疎遠になっている。


「柚木さんが住んでたとこって、すごい田舎なんだって?」

「……はい」

「そうそう。去年まで毎年遊びに行ってたんだけど、ほんと何もない」

 悠里は会話を広げようとしないので続きを紡ぐ。

 しかし、一度しか話してない、しかも香椎さんに話したわけでもないのによく知ってるな。


「何もないってどれくらいないわけ?」

「どれくらいないって変な言葉だな」

「カブトムシは?」

「いる。夜に外出たら電灯にうじゃうじゃいる」

「田んぼは?」

「むっちゃある。ってか一面田んぼ」

「綺麗な川は?」

「ある。ちっちゃい頃よく泳いだ」

「なんだよ。何もないどころかむっちゃあるじゃん」

「そりゃぁそれだけ田舎あるある上げればなぁ!」


 我ながらよくデマカセで対応出来たものだ。

 透と俺のくだらない掛け合いに、女子達がくすくすと笑っていた。悠里も口元が緩んでいる。


「いいなぁ、そういう田舎。住むのは大変そうだけど、遊びになら行ってみたいかも」

 俺もだ。というか俺の理想の田舎を語っている、もとい騙っているわけだし。


 しかし嘘は疲れる。

 ある程度は前もって考えていたとはいえ、さっきから頭の回転数が凄い。遠心力で頭痛がしてきそうだった。

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