第3話(1/8)
はてさて、どうしたものか。
啖呵を切ったものの、具体的に何をするわけでもなく翌日の午前中を終えようとしていた。悠里は今日も案の定、休憩時間は机に突っ伏し、珍しく話し掛けられても刺々しい態度だった。
まぁ一つ放課後になれば考えていることはあるし、それまで待つか。
そう思って鞄から昼食を取り出そうとした時、
「矢蒔くん」
玉を転がすような声が降ってきた。
「香椎さん? どしたの?」
見ると、手にはオレンジ色の巾着と、同じくオレンジ色の細い水筒を持っている。
その後ろには、こちらを覗き込むように一人の少女がぴょこぴょこと跳ねていた。悠里と同じ、辛うじて彼女が勝つくらいの小さな少女だ。髪も悠里と同じくらいの長さだけど、こちらは前髪を赤いピンで留め、おでこと快活さが主張されている。
見た目は似ているのに正反対の雰囲気を持っていた。
「よかったら一緒にご飯食べない?」
「ゆゆもいるよー!」
どなただよー! という突っ込みは隅っこに追いやる。
え、何この状況。入学直後だからクラス内のグループが決まりきっていないとはいえ、女子二人に昼食を誘われるとか。春? 春到来した?
「え、あ、うん。いいけど」
平静を装おうとしたのに、口からは不安定な音が出ていた。
「どこで食べる? ここ?」
急いで机の上の消しカスを払いながら訊ねる。
「あー、うん、ここでいいんだけど……」
長い睫毛が囲う香椎さんの双眸は、俺ではなくその後ろを捉えていた。
「柚木さんもどうかなーって」
聞き耳を立てていたのだろう、自分の名前が出ると、びくりと身体が震えていた。
しかし聞こえていないフリをして、悠里は鞄から大きなペットボトルを取り出す。
ふむ、それは願ってもない提案だった。
「いいんじゃないか? 悠里も一緒にしよう」
「ちょ、何勝手に話進めてるんですか!」
「どうせ先約がいるわけじゃないんだし、いいだろ?」
「そういう問題じゃないです。どういうつもりですか。もし――」
その先をこの場で言うわけにはいかず、悠里の口は噤まれた。
「(その辺は俺がフォローするから)」
香椎さん達には聞こえないように、耳打ちをする。
「(けど、そもそも関わらなければ心配する必要もありません)」
悠里の言うことはもっともだが……。
「(……悠里がいなかったらそんなに面識がないあの二人とご飯を食べることになるんだよ。正直気まずい)」
気まずいというのは方便だけど、緊張するのは間違いない。
「(だからほら、悠里が必要なんだよ)」
「(……私が必要、ですか)」
座ったまま、視線がペットボトルに落ちる。俺も釣られる。彼女が住まう池のように、きらきらと水面が乱反射していた。
「分かりました。いいですよ」
その返答に、香椎さん達二人が、いぇい! と手を合わせる。
というわけで香椎さんとゆゆという子、そして悠里、さらに透もやって来て、五人での昼食と相成った。当然俺と悠里の席だけじゃ足りないので、適当に付近から揃えて合わせる。
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