第2話(4/5)

 武道場の横にある手洗い場に来た。ちなみにこの武道場の二階が体育館となっている。

 柚木さんは手洗い場のへりに足を掛け、流水で傷口をすすぐ。ズボンが引っ張られ、太ももがより露わになっていた。


「危ないところでした」

「そうだな。水掛けられたらアウトだし」

「まぁそれもあるんですが……」

「ん?」

 彼女は蛇口を閉めると、こちらの方を向いて足を見せた。


「うぇ」

 先ほどまで痛々しく血をにじませていた膝がすっかり治っていた。一瞬、逆の足かと思ったくらいだ。


「私たち河童は、怪我してもすぐ治るんです」

 なるほど。確かにこの状況を見られたらかなりまずい。


「河童ってすげぇんだなぁ……」

「少ない個体数でも現代まで生き残ってきているのには、それなりの理由があるんですよ。……それでは戻りましょうか」

 柚木さんはそう言いながらズボンの裾を直すと、校庭に向かって歩き始めた。


「ちょっと待った」

 俺は慌てて呼び止める。


「血出てるところ見られてるんだから、そのまま行ったらまずいんじゃない?」

「…………。……それもそうですね」

 簡単に気付きそうなことだろうに。俺に見つかったのもそうだけど、意外とドジなところがありそうだ。


 結局俺達は保健室へ行って絆創膏を貰ってくることにした。ありがたいことに先生はおらず、勝手に拝借出来た。

 教室に入ると、なんだか皆がこちらを向いてにやにやしている。……なんか嫌だなぁこういうの。


「ねぇねぇ! 二人はどんな関係なの!?」

「付き合ってたりするのかな!?」

「そこんとこじっくりと教えて!!」

 席に着くより先に、三人の女子が駆け寄ってきて、俺達を取り囲んだ。


「あ、や、これは、その……」

 展開を予想していた俺は冷静に、やっぱり女子というのはこういった話題が好きなんだな、と考えていたが、柚木さんはしどろもどろになっていた。


「実は俺達、親戚なんだよ」

 仕方ないので、ついさっき考えた設定を言った。三人組が驚くのは分かるけど、柚木さんまで同じように驚いた顔しないでよ。


「そうなの柚木さん?」

 こくこくと無言で頷く。


「ゆず……悠里は昔から人見知りなところがあってね。それに中学まではかなりの田舎に住んでたから色々と常識知らずで。だから悠里の親から面倒見てくれって頼まれてたんだ」

 一度設定をすり合わせしておく必要がありそうだと考えながら、そう嘘をつく。


「そう、親戚、面倒、見てくれる」

 固くなったまま、外国人のように俺の言葉をなぞった。外国人どころか人外だけど。


「そういうこと」

 ちょっと無理があるかなぁと思ったけど、三人組は一応納得してくれたようで、「付き合ってないのかぁ。つまんないのー」と言って自分の席へと帰っていった。


「ふぅ……」

 俺も自分の席に戻って、一つ息を吐く。


 河童と親戚になってしまった……。


「…………」

 服の背中を摘ままれる。振り返るまでもなく柚木さんだ。


「あ、あの」

「何?」

「……名前。悠里って」

「あ、ごめん、嫌だった?」

「いえ、大丈夫です。そうじゃなくて」

「ん?」

「私も、えっと、下の方で呼んだ方がいいかなって」

「まぁ親戚だっていうのに名字も変かもね」

「分かりました。……えっとー……」

「春樹」

「春樹さん。春樹さん。……なんか、こしょばいです」

「……そう」

 俺も背中がむず痒くなってきたので、昼食を持って透の席に向かった。


 普段接点がなかった女子達は簡単にいなせたけど、透がいた。

 透の前の席を借り、彼の机を向いて座るや否や、


「お前、柚木さんと知り合いだったんじゃん」

 と突っ込まれた。


 透との会話を思い出す。そうだ、確か着替えの時に……。


「いやほら、クラスメートに親戚がいるってちょっと恥ずかしいじゃん」

「確かにそうだな」

 これも無理があるかと思ったが、透は簡単に納得してくれた。

 ……前々から思ってたけど、透って俗にいうアホだよなぁ。脳の容量の大半を野球に割いている感じ。まぁその能天気さが良いところでもあるけど。


 俺は唐揚げを頬張った。んまい。


 ふと柚木さんに視線をやると、独り黙々とサラダを食べていた。今朝コンビニで買ったやつだ。

 あの時も思ったけど、本当にあれだけで足りるのだろうか。ただし飲み物はまるで運動部かというように二リットルの水で、それが机の上に置かれているからアンマッチがすごい。

 まぁ河童だし食生活も違うんだろう。


 サラダと大量の水程度じゃ、ダイエットしてるのかなという疑問で済むけど、他にも色々と異常な点はありそうだから、場合によっては指摘してやらないと。誰かとの会話からボロも出るかもしれないし。


 しばらくは見張っている必要が大いにありそうだ。

 そんなことを考えながら俺は卵焼きを齧った。

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