第2話(3/5)

 去年から七センチほど伸びた身長に満足したり、透に運動神経の差を見せつけられたりして、俺達は校庭に下りてきていた。ついさっきまで最後の種目である五十メートル走をしており、あとは女子が終わるのを待つのみだった。


 ちらちらと柚木さんの方を見ていたけど、今のところ特に困った様子はない。彼女の言う通り、つつがなく終わりそうだ。


「おー、速ぇなー」

 透がそう言って見つめる先にいたのは香椎さんだった。一緒に走った女子を置き去りにしてゴールする。

 なっつん速いよぉ、と遅れてゴールした女子が声を掛けているのが聞こえた。


「誰だっけあの子」

「香椎さん」

「そうだそうだ。よく覚えてんな」

「昨日ちょろっと話した」

「春樹はいつからそんな女癖が悪くなったの?」

「……クラスメートと話しただけで酷い言われようだなぁ」


 遠い目をすると、スタートラインに立つ柚木さんが視界に入った。

 笛が鳴って勢いよくスタートする。と思ったら転んだ。


「あらら。大丈夫か」

 透は心配していたが、他の観衆からはクスクスと笑い声があがっている。

 どうやら砂で足が滑ったようだ。


 柚木さんはゆっくりと立ち上がると、何事も無かったかのように再び走り始めた。

 しかしどうやら足を痛めたようで、その走りは非常に遅いものだった。

 ……いや、これは足のケガ関係なく遅いみたいだな。

 走り切ったあとの柚木さんに、計測をしていた先生と香椎さんが寄って来ていた。かがんで、血がにじんだ膝を覗き込んでいる。


「痛そう……。大丈夫柚木さん?」

 柚木さんと接点はなかっただろうに、当たり前のように心配をする。良い子だなぁ。

「……だ、大丈夫です」

 しかし柚木さんはそんな心配を意に介した様子はなく、彼女を見ることさえせずに言った。


「先生、私柚木さんを保健室に連れて行って来ます」

「そうね……。お願いするわ」

「だ、大丈夫です!」

 柚木さんは慌ててそれを制した。


「そう……? でも、せめて水で洗っておいた方がいいわね。香椎さん、お願いしてもいいかしら」

「はい。分かり――」


「――結構です!」


 香椎さんの返事を遮って柚木さんが叫ぶ。

 一瞬場が凍った。


 クラスメートは唖然とした様子だったが、理由が分かっていた俺は一人柚木さんの身を案じる。水で洗いながす場を見られたらまずいもんな。


「ひ、一人で大丈夫ですので……」

 雰囲気に気圧されて、消え入りそうな声で答えた。


「そういうわけには行かないわ。誰か付いてないと」

「え、あ、えと……」

 困り果ててこちらに目配せをしてきた。


 はぁ……。


「先生。俺が柚木さんに付いていきます」

 やむなく俺は立ち上がって先生に向かって言った。思いがけない人物の登場に、先生は戸惑い、クラスメート達も呆気に取られる。


「それじゃあ柚木さん行こうか」

 この空間にいるのに耐えられなくなって、俺は柚木さんを促し立ち去ろうとした。


「では先生、彼について行ってもらいますので」

「え、えぇ……」

 先生もどうして君が、という表情をしつつも、柚木さん本人がこう言った以上、特に何も言うことは出来ず、そう返すしかなかった。


 こうして俺達は揃って校庭をあとにする。後ろからは何やらざわざわする声が聞こえたが、ひとまず気にしない。

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