第2話(1/5)
「手を貸すって言っても、どんな風にすればいいの? 自分の意思で水掻き出したりしまったり出来るなら、普通にしてたって河童だなんて思われないだろうに」
翌朝、俺達は池の前で待ち合わせをし、一緒に登校していた。
「一つは今朝のように、池の出入りの際の見張りです」
「ってことはこれから毎日柚木さんと登下校しなきゃいけないってこと?」
「はい」
何か不満でも? という顔をしていた。
「どうせ同じ通学路じゃないですか」
「……まぁ行きはいいけど、帰りはほら、友達と遊びに行ったりするかもしれないし」
「遊び……」
薄い桃色をした唇が小さく動く。昨日家に帰って河童の画像を検索してみたけど、どれも鳥のくちばしのようで、彼女のそれとは到底別物だった。
「……確かにそれもそうですね。じゃあまぁ帰りはいいです」
「う、うん……」
意外と簡単に配慮してくれて面食らう。
「池の出入りはそこまで大きな課題じゃないですからね。昨日は油断してただけですし」
言い訳をするようにそう言った。
「油断って。まさか高校初日で浮かれてたとか?」
「…………」
「……マジか」
冗談で言ったのに、彼女の顔はぷるぷると震え、目が泳いでいた。
「と、とにかく。私が気にしているのはそこじゃありません。ほら、矢蒔さんも見たでしょう。私達は水を被ってもすぐに吸収してしまいますし、服は撥水してしまいます。なので水に濡れるようなことがあれば怪しまれるに違いないです」
「……なるほど」
確かにそれで河童という発想にはならなくとも、気味悪がられ不審に思われるのは間違いないだろう。
しかし水に濡れないようにフォローするってなかなか難しいな……。
「肌の吸水はともかく、服の方はどうにかならないの? 学校行ってる間は術を解除、みたいな」
「あぁ、そうですよね。なので体操服や教科書といった鞄とその中身とかはこっそりそうしてるんですけど、制服はどうしても……」
「なんで?」
「一度脱がなきゃいけないので……」
「……なんかごめん」
柚木さんは恥ずかしくなったのか、話題を戻す。
「あとは人間界で生活するのは初めてなので、色々と分からないことがあるというか」
ふむ……。
「つまりはそういった人間界の常識的なのも教えてあげればいいってことか」
「はい」
これもなかなか難しいな。河童の特徴を隠すことに関しては、難しくとも水回りに注意するなど前持った対策が立てられる。
しかし柚木さんが人間界のことに関してどれだけ知らないかというのは注意の仕様がなく、その場で臨機応変に対応しなければならない。世間知らずのお嬢様って言い訳にも限度があるわけだし。
「とはいえあまり気負いしなくても大丈夫ですよ。小中と人間学のテストは満点ばかりだったので」
「なに人間学って。というか河童の世界に小学校とかあるんだ」
「ええ、ありますよ。近くに運動公園ありましたよね。そこの池の底です」
「マジですか」
小さい頃よく遊んだぞ……。河童が出るって噂はあったけど、まさか本当にいたとは。
「人間学とは、その名の通り人間の生活は生体について、人間界の一般常識を学ぶ教科です」
「へー。例えばどんな問題?」
「『ファミレスでスイーツを食べる時は、どうするか?』とかです」
「は?」
「模範解答は、『かーわーいーいー♪ と言いながら写真を撮ったのち、こんなの絶対太るー、と言いながら完食する』です」
「…………」
「他には、『カラオケで採点がいまいちだった時の誤魔化し方は?』とか。この模範解答は『咳払いをして、まだちょっと風邪治ってなかったっぽい』とか『これ初めて歌うやつだからなぁ』とかです」
確かにやる人いるけども!
「柚木さん……その人間学で学んだってことはやらない方がいい……」
基本的に無表情の柚木が、ケーキに向かって「かーわーいーいー」だの、カラオケで歌っている様子の言うのは全くもって想像が出来ないけど。
「え、なんでですか」
「間違っちゃいないんだけど、なんか違う……。それにたぶん何の役にも立たない」
「そうですか」
柚木さんはただそう呟いただけだった。
こんな感じでは先が思いやられる。もっとも、先の人間学で学んだことを実行したとしても、多少変な目で見られるだけだろうけど、彼女の一般常識というのがあてにならないというのが分かった。これはかなり気を張っていなければ……。
「はぁ……」
ため息をすると同時にあくびが漏れた。
春休みの生活リズムになってしまっていたから、まだ朝は眠い。
「河童って眠くなるの?」
ふと思い付いた疑問を口にしてみる。
「そりゃまぁ生き物ですからね。眠くはなります。ただ、人間よりは睡眠時間は少なくて済むみたいですよ」
「ふーん」
せっかくなので、河童に対する疑問を訊いてみることにした。
「きゅうりは好き?」
「……その名前を言わないでください」
「え?」
まさかトラウマがあるとか。
「……涎が止まらなくなるので」
静かな朝だ。生唾を飲み込む音が聞こえた。
しかしこれほどの反応。今度持ってきてみよう。
「じゃあさ、相撲は得意?」
「は? いきなりなんの質問ですか」
「いや、河童は相撲が得意だって話があってね」
「そうなんですか。残念ながら得意じゃない以前にしたことがありません。というか基本的に水中で暮らしているので相撲なんて取る機会ないです」
「あ、それもそうか」
「大方それも、たまたま陸地に上がって、なぜか相撲を取ることになった河童が、たまたま相撲が上手かったからでしょう」
などとくだらないようでその手の伝承を研究している人からしたら恐らく仰天ものの会話をしていると、7の看板が目印のコンビニの前に来た。
「すみません。お昼ご飯を買ってくので」
「使い方分かる?」
「馬鹿にしないでください。コンビニくらい何度も来てます」
ツンと突っぱねて、柚木さんは中へ入って行った。
ふぅむ。難しい……。
まずは彼女のことを知らないといけないな。
そう思いながら俺も自動ドアを開いた。
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