第1話(5/5)

「矢蒔さんは、河童はご存知ですか?」

「そりゃまぁ一応……」

 絵本やテレビとかで得た知識だけれど。


 付近にベンチなどは当然なかったので、俺達は岸辺に座り話していた。ってか俺の名前覚えていたのね。


「それが私です。私は河童です」

「かっぱ……」

 話の流れや、彼女が池にいたことから、その告白は突拍子もないというほどでもなかったけど、それでもにわかには信じられなった。

 だってほら、


「河童ってもっとこう……緑色で、水掻きあったりして……」

 目の前にいるのは、どこからどう見ても普通の少女だった。落ち着きを取り戻した顔は冷たく色がないが非常に整っている。ただ濡れてなくても長い前髪のせいで、目は右しか覗いていなかった。


「天狗って当時の外国人って言われているんです」

「つまりは歴史が生んだ誤解だと」

「そういうことです」

 確かに一般的な河童像の姿が写真に残されているわけではない。長い時代をかけた伝言ゲームみたなものだ。そりゃ本物とはかけ離れていてもおかしくはないか。


「え、じゃああの頭の皿は?」

「それはたまたま目撃された人が禿げてただけです」

「お、おう……」

 それで河童全員あの風貌だと思われてしまったなんて可哀想な話だ。


「あ、でも、水掻きなら出せます」

 そう言って柚木彼女は手を見せ、開いたり握ったりした。すると段々と指と指の間から薄い膜のようなものが出来始め、しばらくするとそれは完全に水掻きと呼べるものになった。


「気持ち悪いですか?」

 俺がなんとも言えない反応をしていると、真顔でそう訊ねてきた。


「あ、えっと、いや……」

「誤魔化さなくいいです。あなたたち人間からしたら普通じゃないんですから」

 柚木さんは淡々と答える。ショックを受けたかと思ったけど、平静になった彼女は表情をほとんど変えない。だからその真意はよく分からなかった。


「つまり河童だからあの池にいたってこと?」

「はい。あの下に私の家があるんです」

 俺は池に視線をやる。澄んだ水面の表面が木漏れ日でキラキラと輝いていた。


「で、河童だから濡れないってこと?」

「えっと、それは少し違いますね。まず私自身に関しては、濡れないというより吸水がすごいんです」

「なるほど」

 それはなんか納得いく理由だった。


「服とか持ち物とかに関しては、撥水はっすい の術を掛けてます」

「術!?」

「はい」

「え、何、河童って術とか使えるの?」

「はい。もっとも私に言わせたら、なんで人間は使えないんだろうって感じですけど」

「マジかよ……」

 まぁでも和洋問わず妖怪って、姿形が異なるだけじゃなくて異質な力使えたりするか。


「住処が見つからないのも、そういう術を掛けているからです」

 淡々と、しかしどこか得意気にそう言った。


「はぁ……」

 俺は手を後ろについて、空を見上げる。


 好奇心に駆られ彼女を知りたいと思っていたが、まさかこんな真相が待っていたとは……。

 にしても、彼女は何をもって俺に身を明かしてくれたんだろうか。確かに最初に訊いたのは俺だけど、最後には諦めて退いたはずだ。


「それで、です」

 柚木は、再び手を開いたり握ったりして水掻きを戻すと、俺の方を向いて言った。


「私の秘密を知ったからには、お分かりですね?」

 無表情のまま、下から覗き込むように問いかけられる。陰にいるから、柚木の目には光が宿っていなくて余計に怖さを感じた。


 ……なるほど。俺は納得した。


 冥土の土産に真実を教えてくれただけか。

 そういえば子供が河童に川へ引きずり込まれる怪談を聞いたことがある。アニメやマスコットキャラクターになっていたせいで忘れかけていたけど、河童ってかなり怖い妖怪の一つだもんな。


 隣に置いてあった鞄に手を掛け、逃亡を企てる。河童は水辺の生物。運動に自信がある方ではないけど、陸地でなら逃げきれるだろう。


「矢蒔さん?」

 ましてや相手は女の子だ。最悪捕まったとしても振り切れないこともない。


 いや待てよ……。

 河童が普通の人間と同じ身体能力だという保証はない。何より術だって使える。

 やっぱり俺の人生はここで終了か……。


 第一、仮に逃げたとしてもだ。警察に行ったところで、河童に襲われたなんて信じてもらえないだろうし、翌日学校に行けば背後を取られる。うん、やっぱり終わったな。短いけど、それなりに幸せな人生だったよ……。


「矢蒔さんってば」

「…………はい?」

 柚木さんに肩を揺すられていた。


「なんですかその顔」

「いや、ちょっと覚悟を決めてました」

「ということは承諾してくれるということですね」

 彼女は表情を変えないまま、しかし少し声を弾ませて言った。


「ごめん、なんの話?」

「聞いてなかったのなら、矢蒔さんこそ何の覚悟だったんですか」

 いやまぁちょっと、と誤魔化すと、柚木さんは一つ溜息を吐いて言った。


「私の秘密を知ったからには責任を取って、学校で私の存在がばれないよう手を貸して頂けないでしょうか、とお願いしているんです」

「……え、殺されたりは?」

「しませんよ」

「ほっ」

「……断らなければ」

 結局同じじゃねーか! ってかそれお願いじゃなくて脅しじゃん!


 いや、でも待て。


「な、なんでそんなに存在をひた隠しにする必要があるの?」

 俺は慌てて言論で逃げようとする。


「こうして話してても、普通の人間と全く変わらないんだから、何の問題もなく共存出来ると思うんだけど」

「あなたは馬鹿ですか」

 一蹴された。


「伝説の存在となった私達が姿を現したりなんかしたら、マスコミに公開され、カメラが付きまといプライベートもなく、その生態系を観察される毎日。それだけならまだしも研究対象として捕獲され、モルモットとしての日々が待ち受けていることでしょう」

 ……妙に生々しかった。しかし納得の理由だ。


「私達の先祖は、かつて共存を図ったこともあるみたいです。その時上手く行っていれば、あなた達と共存している今もあったかもしれません」

 つまり上手く行かなかったということか。


「……もう遅いんです」

 柚木さんはどこか悲しそうに呟いた。


「それで、どうなんですか? 死にますか? 手伝いますか?」

 無表情のまま、顔をぐいっと近付けてくる。それは恐怖でしかない。


「謹んでお受けさせて頂きます」

 俺は顔をこわばらしたまま、早口で答えた。


「では、これからよろしくお願いしますね」


 こうして、俺と河童の奇妙な高校生活が始まったのだった。

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