第2話

「いや、誰ぇええ?!」


鏡に向かって叫ぶ、推定小学生。もっとも、やっていることの知能指数は、およそ猿以下であるが。


「祐、どうした!」


怒号と同じくして、部屋の扉が蹴破られる。比喩ではない。


「いや、誰ぇええええ?!」


ダブルショック。


朝起きれば顔は別人に代わっているわ、素知らぬ顔が己が名を叫びながら扉を蹴破って部屋にダイナミックエントリーしてくるわ。という、シェイクスピアも腰を抜かす驚きの展開である。


「どうした、不法侵入か?!」


「現在進行形だよ!?」


本日のお前が言うなスレはここですか?状態である。


「なに!?まだ家の中にいるのか?!」


「いや、目の前にいるよ?!」


よくよく考えれば、相手が犯罪者であることを仮定してこの態度で接するのは、自殺行為ではないだろうか。


「ママァ!祐が反抗期だー!」


わーん(泣)という効果音の付きそうな、逃げ出し方で駆ける推定犯罪者。ひとまず無害ではあるらしい。


「な、なにが起こってるんだ…」


一から整理しよう。


「とりあえず、朝起きたら部屋の模様替えがされてて…」


ご存知、宇宙好きの宇宙好きによる宇宙好きの為の子供部屋セットである。


「鏡見たら、なぜか若返ってて…」


当方27歳であるはずだが、鏡に映った顔はおよそ小学生の童顔である。


「それで、全く知らない人が俺の名前を呼んで部屋に入って来たと」


シェアハウスを契約した記憶はない。


「うん。意☆味☆不☆明」


とにかく頭が足りない。これはエルキュール何某の如き、灰色の脳細胞を持ち合わせてなければ、迷宮入り間違いなしの難事件である。


「……いや、どうするよ」


A.どうにもならない。


現実問題これが夢でないとすれば、こんなマネができるのは、黒ずくめの人達くらいのものである。


「祐ちゃーん!もうユリちゃん来たわよ!」


国際的犯罪組織に追われては、名探偵でもない限り余命は幾ばくもない、とそんな半ば諦めの境地に達していたところに、声が掛かる。


「いや、ユリちゃんって誰だよ…」


流行りのアニメを途中から見始めたような消化不良感である。尚、声の主にも心当たりがない。


「ひょっとして記憶喪失かなにかか?それとも…」


思考が巡る。一巡二巡三巡四巡、しかし堂々巡りのそれは永久に解となり得ず、一向に時間のみが過ぎていく。


「MECE。不可能な事柄を消去していくと、よしんば如何に有り得そうになくても残ったものこそが真実である」


唐突だった。


「お前だって知ってるはずだぜ?なんたって、日本じゃ一大ムーブメントらしいからなあ」


それはあまりに唐突で、そして何より衝撃的だった。


「久しぶりだな。1991年7月2日誕 苧環裕樹。記念すべき転生初日だが、ご機嫌はいかがかな?」


にやり、と破顔一笑。口角を擡げる少女はその美貌を歪め、悪魔のように笑う。


「いや、結局誰ぇえええ?!」


扉を蹴破る蛮族の次は、意味深なことを言うたげ言って退散する敵幹部キャラみたいな奴だった。

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