第12話 七つ角を左手に

その精霊は、困ったような顔をしていた。

わずかな気配をたどって来てみれば、悪霊でも怨霊でもなく、かといってヒトに害を為さないほど弱いわけでもない存在だった。

ナレビト。


おそらくは神になれる手前というくらいの若さであろう。

ナレビトの表情からは、明らかに俺たちを歓迎していないことが読み取れる。


「千秋さん、ここにそいつ、居ますね?」


感度がいいだけあって、猿田はやや身構えている。

ナレビトに敵意がないことも分かっているのか、いつでも動けるようにだけしていて、その代わり余計な気を出したりはしていなかった。


「ああ、目の前にいる。アオ色のナレビトだ。最近、覚醒したところなんだろうが、いまひとつ安定していないようだ」


緑は自然の色。

これからどの方向にさえなりうる、俺にとっては扱いづらい属性だった。


「一応、最近の出来事について聞いてみる」


とにかく、会話を試みる。

頭の中から、声を出す。反応は鈍かった。

まぁ仕方のないことではある。ナレビトに成り立てということは、これまでの弱い力とは別に強い力を持たされた状態であり、人でいえば酔っぱらっているようなものだ。


風が庭木を騒がせる。

人通りの少ない住宅街に、男が2人じっと立っているという状況は、常識的に考えてあまり普通ではない。

他人に見られる時間は短い方がいい。

風に人払いの気を乗せつつ待っていると、ナレビトが口を開いた。




「猿田、話は終わった。意訳すると、最近強い悪意を持った誰かさん、人間がこの辺をウロウロしていたらしい。そして気づいたら寄り集まってナレビトになっていたんだと」


「つまり、一連の出来事の犯人はその悪意を持っていた人間ということですか?」


猿田の気がぐっと緩んだ。

人間であれば触れられる。


「それもなんだか違うようだ。だいぶ強い悪意の持ち主らしく、そいつがあちこち徘徊するもんだから、そこかしこで精霊たちが起動、覚醒させられて訳わからんことが起こってるみたい」


このナレビトがこちらを見て困惑していたのも、そのせいかもしれない。俺とそいつを同じと考えていたようだ。


「無用な力の流れができて街の中がかき混ぜられてる、ってところかな。その混ざり合いの内に小さな衝突が増えて、あちこち歪んできてるってところか」


「なら、その人間を特定して話を聞くのが良さそうですね」


対処ができるとわかった途端、猿田は気持ちを切り替えた。

さっきまでの弱気ぶりは影も形もない。


「そうだな。一応、このナレビトから大体の人物像は聞けたから、移動しながら伝えるよ」


通りを前に進み出す。慌てて猿田が問いかけてきた。


「千秋さん、このナレビトはこのまま置いていくんですか?」


そんなことを言われても、


「酔っ払いの相手は苦手でね。ひとまず、酔いが醒めるまではなんにもできないだろうから、放置!」

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