第10話 三割バームクーヘン

「ちょっとどころじゃないよ」


恋するのも突然なら、失恋するのも突然だ。

あっっったりまえのこと。

うん。そうだ。そりゃ、そうだ。


「ここしばらくの自分の、全部の、なんて言うんだ?」


絶句。これこそまさに。

笑ってる?

いや、口元が引き攣ってるだけ。体のコントローラーが電池切れ。


「活力?」


「そう、きっとそんな感じ。塩谷、悪いんだけど今日、ちょっと話を聞いてくれないか」


すがりたい、なんでもいいから。

フラれた訳でもないけれど、俺の恋が終わったということ。

始まる前で良かったな。はっ。


「…長之助、俺は今から売店に行ってくる。飲み物と菓子を買いにだ。大人しく座っとけ、いいな?」


塩谷の話し方がこれほど優しさに溢れていることは初めてかもしれない。

心理学者かなんかか?

なんでもいい。体が重い気がする。

頭を抱えたまま机に突っ伏し、


「りょーかい」


かろうじてそれは言えた。


教室のスライドドアは、余計な音を立てずにスーっと開き、塩谷は俺を残して出ていった。

ぼんやりと背中を見送り、廊下の掃除用ロッカーが目に入ったところで、千夏ちゃんの顔が浮かんできた。


いや、きっついわ。

ちょっとどころじゃなくて、まじで。


長いため息が勝手に漏れ出して、気分も体重も机にめり込んだ。


「えーーーー…」


これが青春。

苦いな青春。


夏を目前に、春は散り散りになった。

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