第4話 息を飲むようないい女が仁王立ちしている

 天空からの警告の声に、平平とまひるが瞬時に反応した。


 コールマイナーが振り下ろしてきたツルハシの先端が、大きなドーンという音をたて、ふたりのいた場所に突き刺さった。平平とまひるはそれをギリギリのタイミングで避けると、すぐさまビルの陰に身をひそめた。

「ぴらぴら、油断するな。もうすこしで『悪魔祓師が悪魔になる』ところだったぞ」

 平平はうしろから聞こえてきた、すこし高圧的な女性の声にうんざりとした表情を浮かべてふりむいた。

「アミ先生。そんなへんなことわざ、聞いたことねぇぞ」

万条ばんじょう先生、来られてたのですね」

 源子は平平のうしろにいる人物に、ほっとしたように笑いかけた。

 その人物はみかげと同じように中空に浮かんでいた。平平たちの3メートルほど上に、透明な球体——、おそらく結界の球体に包まれて……。

 そこに息を飲むようないい女が仁王立ちしていた。


 彼女は担任の万条アミ——。

 東洋人にも西洋人にも見えるその顔立ちは、誰でも二度見すること間違いなしの美人だが、それ以上に男ならそのいでたちに目が奪われる。ミリタリー色の強いデザインで地面を引き摺りそうなほど長い、ド派手なオレンジ色のトレンチコートを羽織っているが、その下はほとんど裸に近いからだ。

 一応、かなり小さめのビキニのような服を着ているが……、付けている……、いや、貼りついているというレベルの布が、上半身と下半身を申し訳程度におおっている。だが、あふれんばかりのバストは、そのわずかな布すらもはぎ取りそうな勢いで、たわわにつきだし、今にこぼれ落ちそうできわどい。

 ピンヒールに編タイツのようなボンテージファッション、手元には折り畳んだムチをぎゅっと握りしめ、見るからにドSの雰囲気が漂っている。


「ぴらぴら、げじげじ。遅刻だ!」

 アミが声を荒げてみせた。が、源子は反射的にアミに抗議の声をあげた。

「万条先生!。その呼び方はやめていただけますか?」

「いやだね!」

 アミはムチをもったほうの手で、平平と源子のほうを指して言った。

「なぜならぁ、源源子みなもとみなこって『げんげんじ』って読めちゃうから『げじげじ』だしぃ、平平平たいらへいべいにいたっては、言いにくいから『ぴらぴら』で充分でしょ」

「充分だ、は失礼だろ、アミ先生!」

「先生、『ぴらぴら』はかまいませんから、私のほうはもっと違う言い方で……」

「みなもとうじぃ、おまえも失礼だぞ」

 アミは手元のムチの持ち手をパンと自分の手のひらに叩きつけながら言った。

「ま、留めおいててやろう」


 そのとき平平がアミのうしろに隠れるようにして、ふるえている少女に気付いた。

「おい、先生、その子は誰だよ?」

 こわごわと背後から顔を覗かせた少女は、大きなトンボ眼鏡をした丸顔の子。中学生くらいで、けっして美人とは言えないが、誰にでも好感をもたれるような愛らしい顔つきをしていた。しかし今は恐怖のあまり顔がこわばり、その唯一の長所も失われている。

「あぁ、これか……、こいつは逃げ遅れた一般ユーザーだ。あのチャラ弟ぎみは、この子をかばおうとして憑依ひょういされたらしい」

「マジかよ」

「つまり、その人は電幽装置を使って『ニューロ・イン』したあと、六感全部をフルコネクトしたまま、この階層まで迷い込んでるっている、という理解でよろしいですね」

 源子がわざとらしく噛んで含めるような言い方で、アミに再確認した。あとでなにかあったときのために、言質をとっておこうとしているようにしか聞こえない。

「まぁ、そういうことだな」

「それは…、いささか彌危いやあぶないですねぇ」


 アミのうしろからおそるおそる顔を覗かせた少女が震えながら言う。

「あ、あたし、ノンっていいます。も、もちろんアバターネームです」

「というわけで、私はこの子を保護するための結界を張っているから動けん」

 アミが無責任極まりない言い方で平平と源子に言い訳をすると、まひるがぎろりとノンを睨みつけて言った。

「ちゅうわけで、こんな目にあっとるちゅうわけぜよ」

 まひるの視線におもわず気圧されたのか、ノンが小さく挙手して、おずおずと申し出た。

「あのぉ、あたし、いいんですよ。強制ニューロアウトしてもらっても……」

 だが、アミがノンのほうへ顔を向けようともせず、事務的な声でそれを断じた。

「そうはいかん。私が今、結界を解けばオマエは、電網塞栓症ネット・エンボリズムを起こして死ぬかもしれん」

 ノンの顔がたちまち蒼ざめていった。

「まぁ、それくらい深い階層にいるということだ」


 アミが中空を操作して、映像を呼び出した。ノンの目の前にスクリーンが広がり、映像が再生されはじめる。

「この空間は従来の『仮想空間』、サイバースペース(Cyber Space)とは違い、人の五感プラス六番目の精神感応の一部まで共有してつながっている——」


 スクリーンの映像には、ヴァーチャルワールド接続用のヘッドギアや、手と足に巻き付ける疑似感覚装置を装着してベッドに横たわり、ネット世界に身を投じている人の姿が映し出されていた。ネット世界での人の姿は、自分で作ったアバターに身を重ねたものがほとんどで、コスプレ風やロボット風、化けモノ風な姿であったりした。思うままの姿で、みな仮想空間で生活を送っている様子が映し出されていく。


「精神や霊を意味する『PSY』という文字をあてて『電幽空間Psyber Space』と呼ばれているのは、それだけの意味があるということだ」

「そ、そんな危険な場所なのに、なぜ、あなたたちはなんともないの?」

 ノンはアミにむかって当然の質問を投げかけると、アミはノンのほうに顔を近づけ得意げに顔をにやりと歪ませた。


「そ・れ・は・ね。わたしたち霊能力者が『幽体離脱』して生身のままの魂で、直接ここにダイブする力があるからだ」

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