第3話 前前前前前々世から理解しあえるはずがありません

 爆発のあった一帯では堅牢なレンガ作りの建物が崩落していた。


 だが暗くてどれほどの範囲が、瓦礫と化しているのか判別しない。あたりの電気や灯類が消失し、粉塵もたちこめているため、視界に映るものは限られていたからだ。

 そのわずかな光のなかを大きなツルハシのブレードが移動していた。それは路上に横転しているトラックとおなじくらいの大きさで、とてつもない規格外のサイズなのがわかる。その大きなブレードが地面から持ち上がると、そのツルハシを持った化物、『コールマイナー』が建物の陰からぬっと現れた。


「採掘してやる!」

 コールマイナーが叫んだ声が、辺りの空気を震わせた。

 ゴーレムのような姿と体躯をした化物——。

 体表面はゴムのようにぶよぶよとしていて、半透明な皮膚のせいで、なかが一部透けて見えている。

 その大きなからだの胸や腹に、掴まった人々がアバターのまま取り込まれていた。まるで身体のいたるところに『人間』を勲章のように埋め込んでいるようですらある。

 そしてその左胸の位置にまさに特等の勲章さながら、憑依された2年生、安倍晴臣はるおみのからだの下半身が埋まっていた。まだ上半身はこちらに見えていたが、ホスト風の顔は今は墨ですすけ、下級生を虜にする端正の顔だちはよく見えない。


「コン化けモンがぁ。そンお方、返してもらうぜよ」


 その化物と真正面から対峙たいじしている人影があった。


 音無・魔陽涙おとなし・まひる——。


 彼女は巫女みこの姿で薙刀なぎなたを構えて、鋭い眼光を化物にむけていた。

 スポーティーで男勝りの性格を感じさせる顔立ちながら、女性らしいしなやかさを感じさせてくれる愛くるしさがあった。流れるような長い黒髪が、たおやかな雰囲気を醸成しているのかもしれない。

 だが、すでにその髪の毛は左側頭部の頭皮ごと削りとられ、血がだくだくとしたたりおちていた。しかも左上半身は甚大なダメージをくらっていて、左肩から左腕がまるごとすでに切り落とされていて、なんとか無事な右半身だけで戦いを挑んでいるというところだ。

 それでもまひるは、絶対、逆転をしてやる、という決意に満ちた表情していた。

 右手に持った薙刀なぎなたの柄をぎゅっと握りしめる。


 ふいに音無まひるの上から声がした。ゆったりとした温和な声。

「まひる、ここはいったんひきますえ」


 声の主は双子の姉、音無・神影おとなし・みかげ——。


 彼女は振り袖姿の和装で正座したままなのに、その姿勢で中空に浮いていた。

 妹のまひるとうり二つの顔立ちながら、ひとに与える印象は180度違っていた。まずだれもが最初にその上品な所作に目を奪われる。おっとりとしたその姿に心休まる思いを抱くが、その実、だれよりも厳しい。

 極限にまで研ぎ澄ませた爪を、たおやかな所作に潜ませている——というべきだろう。


「みかげねぇ。そがんことゆーても、簡単には引けんがや」

 みかげはゆっくりと手元にある湯飲みを口につけて、お茶をすすると言った。

「まひる、そう言わはりましても、相手の攻撃力が強すぎですわ」

 みかげは目の前の中空に浮かんでいる4枚のカードをぼんやり見ながらため息をついた。

「それに、うち、あんさんの体力回復してあげられる護符、使いきりましたわぁ」

 そのことばを聞いたまひるは悔しそうに下唇をかみしめた。目の前の化物、コールマイナーの胸に埋もれている安倍晴臣の顔を見つめる。

 おもわずその目に涙があふれだした。

「音無みかげさん、音無みはるさん、加勢に来ました!!」

 そのとき、直リンクをたどってこの場にテレポートしてきた、源源子みなもと・みなこがふいに姿をあらわした。あわててまひるが目元をぬぐうとミナコに声をかけた。

「ミーナか!」

「みなもとはんやないですかぁ」

 みかげもミナコに声をかけたが、やってきたのが源子ひとりだけなのに気づいて訊いた。


「みなもとはん、あん霊力馬鹿はどないしなはりました?」

「そうだ。ミーナ、あの霊力馬鹿は、どがいした?」

「霊力馬鹿……?。あぁ、そのうち、上から降ってくると思いますわ」

 みかげがそう答えた源子のほうをうえから見下ろして質問した。

「降ってくる?。どういうことだす?」

「さあ?」

「さあ?って…あんさんらバディでおましょ」

 ミナ、うんざりとした顔で上にいるみかげを見あげた。

「バディでも理解できないものはできませんわ。だって、私と平平君は、900年前、お互いの家を潰しあって戦った因縁のある、源氏と平家の血筋のものですよ……」


「前前前前前々世から、理解しあえるはずがありませんわ」


 源子はみかげのほうを見あげたまま、肩をすくめてみせてみせた。

「だから、『さぁ?』です」


 と、上のほうから、雄叫びのようなものが聞こえてきた。

「うおぉぉぉぉ……」

 次第にその声が大きくなってくる。なにかが近づいてきているのがわかった。

 源子がまひるとみかげに、にっこりと笑いかけて言った。


「たぶん、あれです」


 そう言った瞬間、化物、コール・マイナーの胸に、ものすごいスピードでなにかが激突した。砲弾のようなスピードでコール・マイナーの装甲を砕くようにみえたが、その胸郭は見た目からは想像つかないほど柔軟だったようで、ぶつかってきた物体はその反発力で、今度はおなじくらいの勢いで跳ね返された。

 飛込んできた物体は、そのまま反対側に建っているまだ壊れていないビルの壁に激突して大きな穴を穿うがった。


「いやあ、無理だったかぁー」

 粉塵が舞いあがる瓦礫がれきのなかから、平平が頭を掻きながらからだを起こしてきた。が、平平がなんとか立ちあがると、その首筋に薙刀なぎなたの刃が、ぴたりと押し当てられた。刃先がギラリとにぶく光る。

 音無まひるだった——。

 今にも斬ってくれようとばかりの、覚悟の目つきを平平にむけていた。

「まひるッチ、これはなにかな?。オレはモンスターでも電幽霊サイバー・ゴーストでもねーぞ」

「おまん、今、安倍先輩を蹴ったぜよ」

「あぁ、あれ——。蹴り一発で助けられると思ってたんだけど……なぁ……」

「まひるは、安倍先輩のことが好きやから、そんな真似許さしませんわよ」

 みかげがこともなげに、まひるの秘密を暴露したので、まひるの顔はあっと言う間に真っ赤になった。

「お、お姉ちゃん……ちょっと……」

「あ、そう、オレにはどうでもいい……」

 薙刀なぎなたの刃がぐぐっと平平の首筋に食い込んだ。

「秘密を知られたからには、やはり、おまん、死んでもらうぜよ」

「お、おい、みかげ姉貴、まひるッチを止めてく………」


「二人ともよけろぉぉぉ!!」

 突然、上空から女性の警告の声が聞こえた。

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