第21話 ホント仲いいですね、あなたたち
始業一分前、教室の中は、相変わらずの蒸し風呂状態だった。窓を全開にしても焼け石に水で、多くの生徒が持参したうちわを仰ぎながら、だらけきっている。
そんな空気を切り裂くように、一人の女子生徒が教室に走り込んできた。
「ひやぁー、よぉし今日も間に合ったー!」
僅かに残る傷跡も、その無邪気な笑みを曇らせるには至らない。待ってましたと言わんばかりに女子たちが立ち上がった。
「やっと来たぁー、もう」「おっそいよ、美月!」「どーせまた道端で寝てたんでしょー?」
「おい最後! そんな飲んだくれみたいなことあるわけないから! 私未成年!」
「て、うっわ、汗ヤバっ。ほーら拭きなよ」
「うおっと、いやぁ、どうもどうも。悪いねー、いつもいつも」
一斉に沸く女子たちにより、美月が取り囲まれる。ちょっとした芸能人でも来たみたいな盛り上がりようだ。
そしてその様子を遠巻きに眺める男子たちもまた、表情に柔らかさが生まれている。
流石のムードメーカー
と、チャイムが鳴った。同時に、柚葉が教室に入ってくる。
「はーい、みんな席に着いてー。千歳さん、またギリギリ? 余裕を持って行動するよう心掛けないから昨日だって――」
「ああー、ユズちゃん、そういえば三澄が大事な話があるって」
「え、佐竹君?」
「ちょっ、美月⁉ 俺をだしに使うんじゃねーよ! 高崎先生、何もないですから」
昨日の今日で大事な話とは。絶妙なタイミング過ぎて、柚葉に余計な心配をされてしまった。もしかしたら、昨日、三澄が一人教室を出ていくのを見ていたのかもしれない。
そして腹立たしくも、美月はこの隙にそそくさと席に着いていた。三澄たちの内心ヒヤヒヤ具合も知らず、にっしっしと、悪戯が成功した子どもみたいに笑っている。
「――そういうこと。千歳さん、ホームルームが終わったら、話があるから」
「うえっ⁉ いやぁ、ユズちゃん、それはちょっと……、ほら、すぐ移動教室だから!」
「嘘吐くんじゃねーよ! 先生、ここはもうこってりやっちゃってください。こいつ、ほっとくとすーぐ電柱とイチャイチャしだすんで」
「どんな特殊事情⁉ だとしたらもう精神科のお世話になるよ!」
「はいはい、
騒ぐ三澄たちを軽くあしらい、柚葉がクラス全体に声を掛ける。
その後、二、三連絡事項があって、ホームルームが終了。柚葉が出ていった直後に、美月も教室を後にした。大方、恒例の汗びっちゃ処理に向かったのだろう。タオルやら制汗剤やらをがちゃがちゃさせていたし。
更に十分後、美月が再び教室に滑り込んでくるのと同時に、一時限目の授業が始まった。
昼休み、待ちに待った昼食タイム。
「ん、佐竹、それ弁当? めっずらしー、ってか初めてじゃね?」
敦が振り向きざまに驚いている。
「あー、まあな……」
隠れて食べるか否か、鞄を開けたまま固まっていると、見つかってしまった。
「食べないん?」
「いや、食べる」
三澄がそう答えると、敦は特に気にした風もなくそのまま横の壁を背もたれ代わりにして、足を組んだ。窓側の席だからこそできる体勢である。
「俺、ちょっと飲みモン買ってくるわ」
「ういー」
思考時間を確保するため、弁当を鞄に入れたまま、三澄は財布を持って教室を出た。
体育館のところまでやってくると、自動販売機が横並びに二つ、ぶんぶん言いながら稼働している。
いつもなら、この遠すぎる立地に不満の一つでも零しているところだが、今日に限っては助かった。多少時間がかかっても、不自然に思われない。
小銭を入れ、ミルクティーを選択。ガコンと落ちてきたペットボトルを手に取って、蓋を開ける。
一口、口に含んで一息。
敦に見つかったのまではいい。敦は三澄の諸々の事情、若菜と同居しているとか以外のことについても、何も知らない。だから、弁当を見られたところで、若菜に辿り着くことはないのだ。
問題は、一人だけ。
「やっほー」
「……」
クラスに戻ってくると、美月が三澄の席を占有していた。
「……なんか用か?」
「いやあ、サッチーとスッチーが部活の方でミーティングか何かあるって言うから、ちょーっと三澄にちょっかい出そうかなって思ってたらさぁー」
「三澄ぃ、これはどういうことかなぁー?」
美月が腹立つくらいのニヤケ顔で、机上に視線を送った。そこには、風呂敷が解かれ露わになった弁当箱が。
「場所を変えよう」
「ふふーん? これはりっちゃんも呼んだ方がいいかな?」
「そんなことしやがったら、お前を殺して俺も死んでやる」
「まさかの無理心中⁉ 覚悟重っ!」
そうして、終始不思議そうな顔をしていた敦を残し、二人して教室近くの渡り廊下までやってきた。二方を窓に囲まれ、これで外が曇っていなければ、気分爽快な環境だ。……あと、弱みを握られてもいなければ。
「あのお弁当、どうしたの?」
「………………自分で作った」
「嘘じゃん! 目ぇめっちゃ泳いでるし!」
「自分で作ったんだ」
「……え? 顔をキリっとさせれば誤魔化せるってわけでもないよ?」
一連の小ボケのおかげで、会話の主導権がこちらに移った。
「なら、美月はあの弁当なんだと思う?」
「それは勿論、年上の彼女お手製の愛妻べんとー」
「妄想がやけに具体的だな……。そんなどこぞのヒモみたいなこと、現実にあるわけないだろ?」
面白半分、非難半分な視線を、そう言ってテキトーに躱す。
「そうかなぁ? 三澄だったら有り得ると思うんだけど」
それは流石に聞き捨てならない。
「俺はお前の中でどんななんだよ」
「無自覚軟派野郎」
「え? なんか急にすごい毒吐くじゃん」
この一年の付き合いの結論がそれなのか。なぜだ。
「三澄が中学の頃どうだったかは知らないけどさ、相当酷いことになってたと思うね、私は」
「酷いって何だよ。別に普通だったよ」
「ま、今日のところはそういうことにしておくとして」
好き勝手言った挙句、美月は急に話を打ち切ってくる。
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