第24話 洞穴を守る者

 その入り口の真横に、ひとが座っていた。

 しろく変色した、みすぼらしい椅子に腕組みをして座って、こちらを見ていた。


 30代後半くらいだろうか。しゅっと引き締まった顔つき。

 長い金髪をうしろでたばねて、ポニーテールにしている。

 おどろいたことに、彼は騎士の、それも王立軍の正騎士の紋章のついた服をきていた。


「あら、ダンディなおじさまじゃない」

 

 まぁ、否定はしない。

 だけど、そんなに声をはずまされると、なんか無性むしょうに否定したくなる。


「あの、すみません。ぼくは『アリ・トール・パーティー』とベクトールと言います。このあたりで、スライムが異常発生してるっていうンできたンですが……」


「スライムが……?」

 ダンディなおじさまは、いくぶん困った顔をした。

「どうも情報が古いようだね。すでに数ヶ月前にスライムは駆除されているよ」


「駆除……されてるぅ……」


「ああ。みんなもここにくる途中の村をみてきただろう?」


「そうなのよねlー。スライムがでて困っているって感じじゃなかったものね」

「ぼくもそう思ってたンだよ。不思議だなって。畑に『殺スライム剤』まいてなかったし、区画のまわりに『スライムよけ』の囲いもなかったですからね」


 じゃあ、はやく言ってくれよ。

 おもいっきし、無駄足じゃねぇのよーー。


「しかたないね。どこかの街にいって、なにか別のクエストを探すとしようよ」

「えぇーー。お金も経験値も、ここじゃあ手に入らないってわけぇ?」

「アリスぅ。お金はなんとかするから、文句言わないでもらえるかな。ぼくもそこそこガックリしてるんだからさぁ」


「でも……」 

 その場を離れようとして、ぼくは違和感を思い切って口にした。

「あなたはなぜ、ここにいるんです?」


「それをそなたに説明する必要があるのかな?」


「あ、いえ、そーじゃないンですけど。王立軍の騎士の紋章があるし、上級者しか持てない剣を身につけているようなので……」

「良い身なりのものが、こんな山奥にいるのがそんなにいけないことかね?」


「あ、いえ、そ、そうじゃないンですが……」

「ま、あやしくない、とは言えないわねぇ」

「ぼくもそう思ってたンだよ。あやしいなって」


「わしは別にあやしいと思わんよ……」

 ロランだけはちがう意見だった。


「いや、ロラン。どこをどうみても不自然でしょ……」


「ワーラット——。ちがうかね?」



 騎士の顔色がかわった。

「ど、どうしてわかったのです?」


「スライムの異常発生のあとに、ワーラットに滅ぼされた村や街がいっぱいあるのを知ってるでな」

「ど、どういうこと?。ロラン」

「かーんたんなことじゃ。スライムが異常発生するときは、特殊なフェロモンが発せられておっての。その匂いにつられて、スライムが好物のワーラットが群がってくるのじゃ」


「ワーラットって、なんだよ?。ロラン」


「ふむ。パケット。まぁざっくり言えば、人間サイズのネズミじゃ。ひととおなじように二足歩行するので動きは襲いが、凶暴かつ残忍で……」


「みさかいなく、なんでも喰いまくる悪食じゃ」


「ど、どこからそんなモンがくるって、い、い、言うのよぉ」


 ロランはだまって、騎士の横にある洞穴を、ツエで指し示した。

「このダンジョン内を逆走して、やってくるンじゃよ」


「じ、じゃあ、すぐに戻りましょうよ」

「ぼくもそう思ってたンだよ。戻ろうって」


「じゃが、おぬし、なぜひとりでここに?。ワーラットを退治するなら、一個師団もないと対抗できぬまい」


「ふふふふふふふ……。ご意見はごもっとも。だが王立軍を追放された身では、援軍などかなわぬ。かと言って、危機が迫っているというのに、見て見ぬふりというのは、騎士道に反する」

「そ、それでひとりで戦おうっていうンですか?」

「ワーラットがこの『モリト』の国に放たれれば、どれほどの被害がでることか。そう思えば、この出口で待ち受けて、すこしでも減らすのが最善策だろう」


「ほう、勇敢じゃな。わしはロランじゃ、おぬしの名は?」



「拙者はクランツェ。元・王立軍騎士団 第2師団の師団長をつとめておったものだ」


「し、師団長ぉぉぉぉぉ……」

 ぼくは腰がぬけそうなほどおどろいた。

 いつか王立軍の師団長に出世してみせる、というのが、バイアスの夢だったからだ。

 その話がでるたびに、みんな苦笑していたが、今、目の前に、ほんとうにその地位にのぼりつめた人間がいる——。

 たしかに『元』はつくかもしれないけど、ついてなければ、目をあわせることもできないほどの雲の上の人物だ。


 ガサガサっ


 ぼくらの背後から草葉をかきわける音がした。

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