第四章 はじめてのクエスト
第22話 一方、その頃、勇者バイアスは
一方、その頃、勇者バイアスは——
「アリ・トール・パーティー?」
バイアスは眉をひそめた。
「ああ、ベクトールはそのパーティーにいるのじゃ。勇者バイアス」
魔導士プロトンを睨みつける。
「プロトン。バイアス少佐だよ。わたしはもう『勇者』などではない」
「あぁ、これは失礼した。バイアス少佐」
「プロトン。わたしの部屋だからいいが、くれぐれも部下の前で口にしないでほしい」
プロトンが無言のまま深々と頭をたれた。
「そなたもすでに中尉なのだよ。勇者や魔導士のような、冒険者気分ははやく捨ててもらいたいものだな」
「で、そのアリ・トール・パーティーはどこに潜んでいた?。モーセン中尉」
モーセンが手元の資料を見た。
「はっ、バイアス少佐。ベク……、いえベクトールのヤツは、こちらが手配した殺し屋をだしぬいたあと、ソムリア村にはいって、その村のひとびとを救ったそうです」
「救った?。あのベクトールが?」
「あ、いえ、ろくな食事がなかったので、どうやらどこからか泥棒して、料理をふるまっただけということです」
「そ、そうだろうな。あんなクズができるのは、そんなモンだ」
「だけど、バイアスぅ……」
バイアスにまとわりつくようにして、横に座っていたラグランジュが、鼻にかかった声で言った。
「あの殺し屋は死んでたって言うよ。まさかベクトールちゃんが……」
「心配は無用だ、ラグランジュ。あいつらは森にいたカイブツに殺されたのはわかってる。けっしてベクトールに返り討ちにあったわけではない」
「でも、そのカイブツもみんな殺されていたって……」
「ふむ、おそらく、ベクトールはそこで手練れの仲間を手に入れたのだろうな。そしてその人物とパーティーを組んだ」
「ま、そういうことだろうさ」
堅苦しいしゃべり方にうんざりしたのか、モーセンがいつもの口調で言った。
「あんなパシリ野郎だが、運だけはついてやがるからな。オレたちとパーティー組めて、王の謁見の間の控室までは、登りつめたからな」
「モーセン、登りつめて、はない。最後の最後でわれわれに追放されたのだからな」
「ま、たしかに……」
「で、そのあとの足取りは?」
「あぁ。そのあとはその村の通行を妨げていた、精霊の森を焼き尽くしたらしい。村人はとなり村との往来が楽になったと感謝しているらしい」
「ふ、百姓でもするつもりだったか……。そんな雑用、勇者をめざすもののやることではないのにな」
「ベクのことだ。どっかから、『火』でも『盗んで』きたんだろうさ」
「モーセン。じゃが、精霊の森を焼く『火』というのは、並大抵のものではないぞ」
「なーに言ってやがる、プロトン。あんただったら、魔法でパッとやれンだろ?」
「いや、精霊の森には、魔法の火はきかん。ワシには無理じゃ」
「モリント地方の火を放つ岩でも、取り寄せたンじゃないのかい」
「ああ、そう、そう。ラグランジュの言う通りだ。ベクのヤツは、そーいう小賢しいまねは、得意中の得意だからな」
「で、その森を抜けてからはどうなった?」
バイアスはなにかがひっかかっていた。つい、モーセンの報告を急がせる。
「あ、次は『バテンデー』です。そこのギルドで勇者登録した……だけだと……」
モーセンが報告書を食いいるように見ていた。
バイアスはその仕草が気に入らなかった。
ひとを不安にかきたてるような、不快な間がある態度——。
「モーセン!。なにを言いよどんでる!!」
「あ、すまねぇ。バイアス……」
あきらかにモーセンはとまどっていた——。
バイアスはいらだちを爆発させた。
上官としてモーセンに命令をくだす。
「書いてあることを報告しろ!。モーセン中尉!!」
「も、申し訳ありません……」
「たぶん、なにかの間違いだと思うのですが……、元・勇者マルベルが……、アリ・トール・パーティーに追放……された……と」
バイアスの鼓動がはねあがった。
なにかの聞き間違いだという思いが、頭のなかでリフレインする——。
「マルベル……が?。あいつはあの街を裏で牛耳っているフィクサーだぞ」
「わかってます。オレたちもずいぶん前に、あいつらにボコボコにされて、レア・アイテムを強奪されたんですから……」
「あぁ、わたしも、おまえも、まったく相手にしてもらえなかった。それほど強いヤツだったのだぞ」
「モーセン!。マスール兄弟は?、マルベルの右腕の、マスール兄弟はどうしたっていうンだい!」
ラグランジュがヒステリックに叫ぶ。
あのとき、ほうほうのていで逃げなければ、ラグランジュはあいつらの慰みものにされていたかもしれなかったのだ——。
「そ、それが……、マスール兄弟ごと……」
「ごと?。ごとってどういうことなんだい!!」
「マルベル一味がまるごと……追放された……と……」
「そんなことあるわけないだろ!。あのマスール兄弟の強さは、ヘタなブラック・ゴーレムより始末がわるいくらいなんだよ」
「だ、だけど……、ラグランジュ……。この報告書には、アリ・トール・パーティーがマルベル一味を追放した、と……」
バイアスは立ちあがった。
あまりの勢いにからだを預けていたラグランジュが倒れそうになる。
「やはり始末せねばならんな」
「始末……?」
椅子にしがみついたままラグランジュが訊く。
「あぁ……。ベクトールはわれわれに巡り合ったときのように運にめぐまれた。おそらく今回も腕のたつ仲間にめぐまれたにちがいない……。いまのうちに取りのぞかなければ……」
「では、バイアス。裏世界に手配書を配って、賞金稼ぎに始末させてはどうじゃ」
「プロトン、ぜひ手配してくれ」
「それよりプロの殺し屋を雇ったほうがいいんじゃないか、バイアス」
「ああ、モーセン。頼む」
「軍隊をさしむけて、力づくで潰してしまうほうがいいかもしれないねぇ」
「ラグランジュ。いや、ラグランジュ少尉……」
「第二大隊の出撃を命じる」
「アリ・トール・パーティーを殲滅してくれ!」
ラグランジュがすこし弱った顔をした。
「バイアス、だれの案を採用すればいいのさ」
バイアスは三人に目をむけた。
不退転の決意のこもった視線だ——。
「全部だ!。すべてを同時に展開しろ!。だが……」
「絶対にベクトールを討ち漏らすな!」
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