第9話 ぼくのスキルが村を救う

「あのぅ……」


 村長がばつがわるそうな顔をしていた。


「ベクトール様。もうひとつわがままをきいてくれまいか」

「なんです?」

「ガマンできずに、わしらだけでつい、食べてしもうたのじゃが、わしらには家族がおって、じつは家で腹をすかせて待っているのじゃ」



「えー。家族がいるの?」


 しゃしゃりでてきたのは、もちろんアリスだ。


「はい。まだ幼子もおおく、みな栄養失調で……」


「だったら、もっと取り寄せするわよ—— アリス・パーティーが!」



「ねー。ベクトール」



 ブラック・パーティーか、ここは!。


 ぼくの負担がおおきすぎるだろ。


 ま、盗んできてるンだけだけど……



「いいですよ。ほかのひとに食べさせないわけにはいきません。みんなを連れてきてください」


 それを聞いた村人たちのうれしそうな顔といったらなかった。

 だれもが雄叫びをあげながら、競うように外へとびだしていく。

 しばらくすると、店の外がやたら騒がしくなってきた。


 それもそのはず。いつのまにか100人以上のひとびとが店の前に列を作っていた。ほとんどが女性や老人、子供たちだった。


「こんなに……」


「ベクトール。これ、もっともっと量が必要そうね」


 みたらわかりますってぇの!

 でもこんなにいっぱい、どうすんのよ。



『質はいいから、量がある料理ください——』


 ぼくは取り寄せアポーツするときに、それだけを願った。


 ズン!


 やたら重々しい音がして、床にどでかい鍋が出現した。子供くらいだったら、ゆでられそうなほどおおきく深い鍋。


 そのなかには、どろっとした茶色い液体。

 色はちがうけど、さっきの白いヤツに似ている。

 ただ、今度のやつからはとんでもなくいい匂いがしていた。


「なんとおいしそうな匂いだ」


「スパイシーで、食欲をそそる」


「おお、またお腹がすいてきた」


 ぼくだけじゃなく、そこにいるだれもがその臭いに魅了されていた。



 だけど出てきたのは、それだけじゃなかった。


 その鍋の横には、フタのついた釜のようなものも一緒に現われた。



「こっちをみてみろ!」


 釡のフタをとった村人が叫んだ。

 そちらにはほかほかとした湯気に包まれて、白い粒々がびっしりとはいっていた。


「これはコメじゃないか。我々のとはすこしちがうが……」


「たしかにそうだ」


「う、うまいぞ。このコメ!」


「だが、これだけでは、味が足りないのではないか」



「もしかして、このコメに、この茶色い汁をかけるのじゃなかろうか?」


 その意見にみんなが顔をみあわせた。



「毒味はオレにやらせてくれ」


 ひとりの若者が手をあげた。


 すぐさま皿に盛ったコメのうえに、茶色い汁をかけたものが、その若者にさしだされた。




 若者はスプーンでコメと茶色い汁をすくうと、目をつぶって口のなかにいれた。 

 その瞬間、若者がその場にひざから崩れおちた。


 みんながあっと叫ぶ。


 若者はひざを床についたまま、ポロポロと涙を流していた。



「こんなに…… こんなにおいしいものが…… この世にあるなんて……」



 そこからは酒場にいた男たちがしきって、並んでいる村人たちにコメと茶色い汁を、手際よくついでいった。食事が配られるとガマンできずに、みんな、その場で立ったままだったり、地べたに座り込んだりして食べはじめた。


 だれもが、しあわせいっぱいの笑顔につつまれていた。



「うはははは…… からいのに、食べるのがとめられん」


「どうして、こんなにあとをひくのぉ」


「あぁ、一生これしか食べられなくても後悔しないわ」


「おいしいゴハンって、これのことを言うのね」


「ママ、ぼく、これ、だ〜〜い好き」




 そのうちに女性の笑い声や、子供たちのはしゃぐ声もきこえはじめた。


 元気を回復してきたのだろう。


 ぼくの元に子供たちが走りよってきた。


「おにいちゃん。ありがとう」


「あたし、こんなおいしいもの食べたの、はじめて!」


「ぼくも!」


「ぼくも!」



 ぼくは子供たちに取り囲まれて、すこしとまどった。



 こんなに感謝されたのは—— ぼくも、生まれてはじめてだ。



「アリ・トール・パーティーの初仕事としては、わるくないンじゃないかしら」 


 どこからか現われたアリスが、ぼくの顔を覗き込んでいった。 


 アリ・トール……


 前の名前に戻って——




「アリス。きみはいったいぜんたい、どこにいたんだい?」




「わたし——? わたしは家をまわって、食事を配ってたわよ。からだが弱りきって、ここまで来れない人、いっぱいると思ったから」


 ぼくはすこしびっくりした。


 この子、やさしい……



 なんか、うれしくなった——



「そ、そうなのか…… ありがとう」


「あ、あたりまえじゃない。アリ・トール・パーティーの一員だもの」


 ちょっと顔を赤らめながら、アリスがウインクしてきた。



 なんだよ。いまさら……

 ただの、胸デカ、スタイル良しで、気配りができる、ブサイクな……くせに……






 みんなの腹が落ちついてきたころ、村人たちがきいてきた。


「あのぉ、この食べ物はなんという名前なんですかい?」

「あぁ、こんなうめぇモン、二度と忘れたくないからな。名前を教えてくださらねぇかい」


 と、つめ寄られても、ぶっちゃけこまる。

 ぼくはテキトーに、量を優先して異世界から取り寄せしただけだ。


 ぼくは、まだ猫の缶をむさぼっているロランに、目で助けをもとめた。村人もそれを察知したらしい。問いかける相手を魔導士のほうへむけた。


「ロラン様、コメに茶色い汁をかける、この料理の名前をご存知でしょうか?」


 ロランはちらりと、皿の上の料理に目をむけた。


「知っておるぞ……」


「おぉ、ぜひ、教えてください」


「そ、それは……」


「『薫り高きもの』という意味の『ゲリウン・コー』という食べ物じゃ」



「おお、そうですか。『ゲリウンコー』」


「みんな聞いたか。この茶色い汁をかける料理は、『ゲリウンコ』というそうじゃ」



 そのとたん、あたりが『ゲリウンコ』という名前の連呼で満たされる。


 ゲリウンコ!


 ゲリウンコ!


 ゲリウンコ!




「では、ロラン様。先ほどの白い汁のほうは、なんという名前でしょう」


「ふむ。そ、それは、そうじゃのう……」



「『白き高貴なスープ』という意味の『ゲロモ・ドキー』という食べ物じゃ」


 今度は『ゲロモドキ』という名前をみんなが連呼しはじめた。


 ゲロモドキ!


 ゲロモドキ!


 ゲロモドキ!




 へー、イイ名前じゃないか——


 ぼくはそれをききながら、ぼくの前におかれた料理を口にいれた。

 すこし冷えていたけど、たしかに辛いのに、すぐ次がほしくなるような魅力いっぱいの味だった。






 ゲリウンコ、うめぇ——

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る