第10話 村を孤立させる精霊の森
「ところで、なんで森からでられないんだい?」
ぼくは村人に尋ねた。
「それが……樹の精霊たちがとおせんぼをしておりましてね。あっしらには手に負えないんでさぁ」
「手に負えない?。樹の精霊なんか、たいまつで追い払えるでしょうに」
「アリス様、それがそうじゃねぇんでさ」
「どーいうことよぉ」
「つい先日までは、あっしらもあの森を通るときは、いつもたいまつをかざしてましてね。なにもちょっかいなんぞしかけてこなかったんでさぁ」
「でも、とつぜん、たいまつなんか無視して、あっしらを襲ってくるようになりまして……。森に火を放ったのですが、あっという間に消されてしまって」
「消されたじゃと?」
ロランがけげんな顔をした。
「えぇ、そうなんでさ。あいつら樹のくせに自分らで、火を消すんですよ」
「たぶん、火炎弾くらいの強烈なもん、撃ち込まねぇと燃えそうもないでさぁ」
「そりゃ、無理じゃ」
「無理ってなんでよ、ロラン」
「火炎弾は魔法じゃ。精霊にはきかんよ。やつらは物理攻撃しか受けつけん」
「じゃあ、どうしたら、その森を通り抜けられるんだ?」
ぼくはたまらず訊いた。
「ま、なくはないが、わしには専守防衛の誓いがあるからな。おぬしたちが半殺しにでもならんと、その力は発動させるわけにはいかんのじゃ」
んがががががが……
使えねぇ。
モーレツに使えねぇ——
「いや、なにか策を考えましょう。ぼくらもこの村に足どめされっぱなし、というわけにはいかないんです」
「いえ、いえ。勇者様。できれば、ずっとこの村にいてくだされ」
「あっしらからもお願いします。食事係…… いや勇者様。なんなら村のわかい娘のひとりやふたりをつけます」
いま、食事係って言ったよね。ぜったい言った。
「そうはいかないんです。ぼくらには、やらなければならないことがあるんです」
「わたしにはないわよ」
「わしにも特にない」
アリス、ロラン。そこは嘘でも合わせよう。
そんなこと言いはじめたら、冒険の旅にでるとかいう大前提、くずれるから——
「ぼくがその森を燃やします。いいですよね」
「ええ。かまいやしません。樹の精霊では、木の実も期待できんし、動物だっていつかんからな。あの森が燃えてなくなりゃあ、もうすこし隣村とも交流がしやすくなる」
「わかりました。ぼくがその森を完全に焼き払ってみせます」
ぼくは胸をはった。
「却下!」
村人が帰ってから、ぼくらはあらゆる可能性を考えて、知恵をしぼってみたけど、どれもアリスとロランに、却下されまくった。
「ふたりとも、ここにずっといるわけにはいかないだろ? いいアイディアを出してくれよぉ」
「だから、わしがおまえたち、ふたりを森のむこうに飛ばしてやる」
「ぼくらだけがこの村をでても、森をなんとかしないと、みんな飢えてしまうんだよ」
「あら、それはしかたないンじゃないの? わたしたちだけじゃあ、どうしようもないんだから」
「アリ・トール・パーティーは、飢えてるひとを見捨てるようなパーティーなのかい?」
「ときと場合によっては、見捨てるわ」
てのひら返し、ハヤっ!!
「ふむ、『オイリー・レイン』の術ならいけるかもしれんな」
「オイリー・レイン?」
「魔法の力で雨のように『油』を降らせる術じゃ」
「でも精霊には魔法はきかないんでしょう」
「ああ、きかぬ。じゃが、その油に火を放てば、それはもう魔法から転移し、物理攻撃となる」
「ほんとうかい! ロラン。すごいよ。それでいこうよ」
「ふん。まぁ、わるくないわね。でも『オイリー・レイン』っていう魔法、あまり聞いたことないわ。ロラン、どういうときに使うの?」
「気にくわんヤツの足元にまいて、すべりこけさせる魔法じゃ」
「は、ずいぶんせっこい魔法ね」
「じゃが、習得までには20年はかかる魔法なんじゃぞ……」
どう考えても、努力と効果がつり合わない!!
ぼくが村人たちに作戦の協力をもちかけると、みんなこころよく応じてくれることになった
「いくら油をふらせても、いっせいに火を放たなければ、樹の精霊に消し止められる可能性があります。だからみんなの力が必要なんです」
「まかせてくだせぇ。ベクトール様にあんなうまい『ゲリウンコ』を食わせてもらったんだ。あっしらはどうにかして役にたちてぇ」
「あぁ。そのためなら、命だってかけられる」
「ベクトール様。あっしらの命を預けますから、なんなりと指示をしてだせぇ」
重い、重いよ——
たった一食の対価に、命がけはぼくがたえられないよ。
「じゃあ、さっき打ち合わせしたように、号令にあわせて、たいまつの火をあたり一面につけてください」
「でも火をつけたら、みんな、すぐに逃げてねぇ」
アリスが言った。
「このアリ・トール・パーティーには、回復魔法を使えるエルフとかいないから、ヤケドやケガをしても、助けてあげられないからね」
アリス、そこ胸はって言うとこじゃないよぉ……
昼をすこしまわったところで、『オイリー・レイン』作戦は決行された。
ロランが空に暗雲を呼び出して、雨のように『油』を降らせはじめた。
森の木々が油に濡れはじめる。
地面がしっとり湿ったところで、ロランが号令をだした。
「今じゃ!」
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