第8話 異世界から食べ物を取り寄せ

一瞬ののちに皿にのった料理が、テーブルのうえに現われた。



「たぶん、アババ国のカエル料理。おいしくはないけど、お腹はふくれるはずです」


 あたりからどよめきがあがった。


 みんなひきよせられるように、皿のまわりに集まる。ごくりと咽をならす者、ぐーと腹のなる音を抑える者、だれもがギラギラとした目で、その料理をみつめる。


 料理は食べかけのようなかじられたあとがあったけど、まだ湯気があがっていて出来たてほやほやに見えた。



「に、肉……」


 だれかがつぶやいた。



 が、ロランはその肉を、まさに一瞬のうちに腹におさめた。

 残ったのは、骨だけ。


 あぁぁぁぁ……



 まわりのギャラリーから、断末魔にも似た声があがったが、ロランは残った骨も口のなかに放りこんで、バリバリとかみ砕いた。


 皿のうえには、骨の欠片かけらひとつも残ってなかった。



「ベクトール。量がすくないっ」


 ロラン!!。あまさず食ってそう言う?


 バクテリアでももうすこし食い残しありますよ。


「しかたないな」


 ぼくはもう一度、取り寄せアポートを発動させた。


 今度はボイルしたカニがでてきた。



「わしはカニはきらいじゃ」


 ようもこの状況で好き嫌いが、言えたものだな。


「わたしもきらぁーーい」


 おまえもか、このブサイクめ。



 村人たちはテーブルのうえの、カニにくぎづけになっていた。


「ベクトールさま。わ、わたしたち、このカニ、いただいてよいでしょうか?」


「だれも食べないっていうのなら、いいんじゃないかな?」



 ぼくがそう言うと、いっせいに男たちがカニにつかみかかった。


「あー、でも、それポリンドル国の『ローンズデライト・クラブ』っていうヤツで、ダイヤモンドより硬い甲羅があるんで気をつけて」


 みんなの動きがぴたりととまる。


「ダイヤモンドより硬い……」


「うん。殻をわるにはドリルがいるんだ」


「ドリル……」



 男たちがカニを掴んだまま、その場に崩れ落ちた。


「ああ…… 食べ物をせっかく目の前にしているというのに……」


「あきらめろ。このカニを食べようと力をふりしぼれば、それだけで何人かは命がつきる」


 みんなが嗚咽おえつをもらして、涙にむせびはじめた。


 ぼくはなんかいたたまれない気持ちになった。



「アリス、力を借してくれないか?」


「なぁに、するつもりよぉ?」


 ぼくはアリスの耳元でささやいた。


「この世界の食べ物をむやみに、とりよせしたくない。泥棒……みたいなモンだからね」


「まぁ……ね」



「だから、異世界のものを取り寄せてみる!」

「ちょっとぉ。異世界……って。食べられんの?」

「わからないよ。でもここに飢えたひとがいるんだ。ぼくもお腹はすいているけど、泣きくずれるほどじゃない」


「わかったわよ!」


 そう言うと、アリスはぼくの額に、自分の額をくっつけてきた。

 ふーっと吐きだした彼女の吐息が、ぼくの頬をくすぐる。


 目の前でみるアリスの顔。


 すきとおった肌。ながくて、クルンって巻きあがったまつ毛。


 ほらみろ。


 目がはなせなくなるほどのブサイクじゃないか。




 と、ぼくの耳が異世界の音につつまれた。ワイワイというにぎやかな声、何を言ってるかわからないけど、みんな楽しそうだ。


 ぼくがテーブルにかざした手元に、みたことがないものが現われた。


 おおきな舟の形をした木のいれものに、なにかの切り身が並んでいるのだ。


「なんだ! それは?」


「生ものがのってるぞ」


「生ではお腹をこわしてしまうぞ!」



 みんなは口々に叫んでいたけど、それと同時にぼくにすがるような目をむけてもいた。


「たべられそうなら、たべていいよ」


「ワシが毒味をしよう」


 村長が代表して赤い切り身をつまむと、おそるおそる口にいれた。

 つぎの瞬間、村長は泣いていた。


「お……いし……い……」


 ふるえる声で言った。


「こんなにおいしいもの。うまれて…… うまれてはじめて食べた」


 それを聞いてほかの者たちが舟の上に盛られた、生ものを口にいれはじめた。


「う・ま・い……」


「あぁ、そんな……」


 絶句したまま、その場にひざをつく者——

 口にふくんだまま、うまさのあまり嗚咽おえつする者——

 トロンとした目で、その味に陶酔する者—— 



「この黒い水につけてみてくれ。もっとおいしくなるぞ!」

「なんと! 生ぐささがなくなって、口いっぱいにうまみが広がっていく」

「この粒々のヤツはどうだ。口のなかでプチンとはじけて…… あーー、もう、経験したことがない食感だ」


 ひと切れづつしか口にできなかったのに、みなうっとりとした表情をしていた。



「はやく次をだしてくれ!、ベクトール」


 ロランが不服そうに声をあげた。


 ロ・ラ・ン…… あんたは今、涙流しながら食べてるひとの心境がわからんのかぁ。


「専守防衛の誓いを……」

「わかりましたよ。いますぐ取り寄せアポートしますよ」


 つぎにぼくが取り寄せアポートしたのは丸い金属の容器だった。


 それが次々とでてきて、テーブルのうえに積みあがりはじめた。あまりの量に、何個かテーブルから転げ落ちはじめる。


 ロランはすぐさま缶をとりあげると、フタのうえにあるフックをひっぱった。


 カパッという音とともに、ふたがとれる。


 なかにはピンク色の肉がはいっていた。


「おーー なんかの肉じゃ」


 そう言うなり、そのなかのものを口のなかに放り込んだ。


「うんまい。うんまいぞ」


「それ、なんの肉なの?」


 アリスが積みあがった缶のひとつをもちあげた。が、それをロランはひったくった。


「これはわしのモンじゃ。おぬしにはやらん」


 ロランは缶を目の高さに掲げた。缶の横っ腹には『猫』の絵—— 


「おーー。これは猫の肉らしいぞ。そりゃ、うまいわけじゃ。ベクトール、わしは気に入ったぞ」


 ぼくはさらに取り寄せアポートを続けた。



 今度はテーブルのうえにおおきな鍋がでてきた。なかにはどろっとした白い液体がはいっていて、ゴロゴロとした野菜らしきものが、いくつか見え隠れしている。


 すぐさま村長がスプーンで、その液体をすくってみせた。



「こ、これはなんと、クリーミーな。そう、ミルクじゃ。ミルクのスープに、野菜のエキスがとけだしていて…… じつにうまい!」


 すぐに店中の食器が駆り出された。


「うぉー、このなめらかな口触り。ただならぬうまさだ!」

「口の中でほろほろとくずれる、この野菜の絶妙な煮込みかげんはどうだ!」

「ただの汁なのに、どうして、しっかりお腹が満たされていくぞ」


 みんなが、ひとくち口にいれるたびに絶賛し、満足げに顔をほころばせていた。


 しだいに幸せいっぱいの笑顔がひろがっていく。


「ベクトール様、ほんとうにありがとう。村を代表してお礼を言わせてほしい」


 村長が代表してぼくにお礼を言ってきたが、わきからアリスがそれをかすめとっていった。


「ア・リ・ス・パーティーのおかげでしょ」


 このすばやさ、もう、さすが、と言うしかない。


 そのとき食堂のいたることろから、拍手があがった。


「アリス・パーティー、ばんざーい」


「ありがとうございます。アリス様、ベクトール様」


「アリス・パーティーは、おれたちの命の恩人だぁ」



 そしてちょっとばかり、おおげさな感謝のことば。


 まぁ、わるい気は……しない。




 完全に『アリス・パーティー』で確定してたとしても。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る