第202話 舞台は新たな役者を求めた

 大きな溜め息をついたのは、ゼパルだ。魔道具を操作して、先ほどの殺害より前の時間から再生を始めた。


 牢内には、ゼパルと料理人がいる。その他に2人の魔族が映っていた。アモンとマルバスだ。見覚えがある2人に、アゼリアが頬を緩ませる。彼と彼女は戦場でペアを組むが、普段の任務も一緒だった。


 震える料理人を受け取り、転移で消える魔族2人――牢内に残ったゼパルが、粗末なベッドに座る。ぐっと肩を丸めて嘔吐する仕草を見せたが、吐くことはなかった。骨が歪んで膨らみ、あっという間に料理人の姿に変わる。それは恐ろしい映像だった。


 自分より明らかに大柄な獣人へと変身し、ゼパルは牢のベッドに横たわる。それから思い出したように、床に落ちている拘束用の手錠を両手にはめた。


 それから僅か数分で、ゾンマーフェルト侯爵達が映り込んだ。つまり……短剣を突き立てられ、心臓の停止を確かめた相手はゼパルだったのだ。


 メフィストが口にした通り、証人は本物だった。料理人は魔国で安全に保護され、身代わりに魔族を刺したことになる。これは罠であり、同時に罪状の追加だった。


「我が国の軍人、それも大将の職にあるゼパルを殺害した。あなたはそう発言したのです。これはサフィロスへの宣戦布告と取られかねない暴挙ですよ」


 にっこり笑ったメフィストに、貴族は口々にゾンマーフェルト侯爵を罵った。同時に、半数ほどの貴族が膝をつき、ルベウス国の総意ではないと温情を求める。


「陛下、いかがいたしましょうか」


「此度はゼパルに任せよう」


 被害者であり、痛い思いをしたのは彼だ。そう断言したイヴリースに、ゼパルがゆったり一礼した。


「サフィロスの城の地下牢の一室をお借りしたく……使用の許可をいただけませんか」


「よかろう」


 これでゾンマーフェルト侯爵の未来は決まった。魔王城の地下牢、そこは生きて出られぬ恐怖の象徴だ。ルベウスにも知れ渡った恐怖に、貴族達はぴたりと口を噤んだ。うっかり巻き込まれでもしたら、目も当てられない。


「嫌だっ、助けてくれ。俺はそんなんじゃっ……くそ、何でこんなことに」


「お父様……」


 シャルロッテは、呆然と立ち尽くした。遅れて大広間についた彼女が見たのは、父が檻に入れられ断罪される姿だ。王妃になれと命じられ、厳しく躾けられた。理不尽と恐怖の対象でもあった父が……ブリュンヒルデの暗殺を謀った?


「毒なんて、そんな卑怯な方法で? なんという」


 絶句する。シャルロッテは、敵わなくてもブリュンヒルデと正面から戦った。国王ノアールの妻の地位をかけ、何度も対決して最終的に負けた。諦めきれない気持ちはあるが、ようやく感情に決着がつくところだったのに。


 がくりと膝から崩れて床に座ったシャルロッテは、そのまま床にひれ伏した。侯爵令嬢として、傅かれる側にいた彼女の……それは精一杯の誠意であり謝罪だ。


「国王陛下、ならびに王妃殿下。父の罪が明白であるならば、私も共に償います。毒を呷れと言われるなら、仰せのままに従います。本当に申し訳ございませんでした」

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