第203話 なんか響きがよくないわね
潔い謝罪に、国王ノアールへ彼女の助命を嘆願する声が聞こえる。同情する響きや気の毒がる声が届いても、シャルロッテは顔を上げなかった。
床に付した彼女は、ただ断罪の言葉を待っている。
「顔を上げなさい、シャルロッテ」
ゾンマーフェルト侯爵令嬢、そう呼ぶのが普通だ。相手の地位と家柄を尊重した呼びかけは、獣人の中で当たり前の行為だった。その慣例を取り去り、個人名を呼び捨てにした王妃ブリュンヒルデ。厳罰を予想して青ざめる貴族達を前に、彼女は壇上から降りる。
顔を上げたシャルロッテの頬に涙はなかった。覚悟はできている。母親はすでにない。檻に囚われた父は犯罪に手を染めた。卑怯な手段を使わせてしまったのは、期待に応えられない私のせいだ。ならば父の罪を私が背負うのも当然でしょう。
毅然としたシャルロッテに近づいたブリュンヒルデは、彼女の前で膝をついた。同じように絨毯の敷かれた床に座り、手を差し伸べる。
「私と対等に話ができる貴重な女性を、失う気はなくてよ?」
うふふ……小さく笑ったブリュンヒルデの差し出した手と、王妃の顔を何度も確認する。往復するシャルロッテの目は見開かれ、信じられないと唇が声なく動いた。
「ほら、立ちなさい。いつまで私を座らせておくおつもり?」
傲慢な物言いなのに、不思議と顔が綻んだ。シャルロッテは先に立ち上がり、逆にブリュンヒルデの手を握った。カバの獣人は力が強い。ぐいっと王妃を引っ張って立ち上がらせ、自分より小柄なブリュンヒルデを胸に抱き寄せた。
「本当に! この大きな胸も、細い腰も卑怯です」
悪態をついた王妃を離したシャルロッテは、無礼を取り繕うように王妃にカーテシーを披露した。
「王妃殿下のお慈悲に感謝申し上げます」
「そんなのはいいから、さっさと結婚なさい」
「でも相手がおりませんもの」
「後ろで自害しそうな顔で待ってるわよ」
ブリュンヒルデに乱暴に突き飛ばされ、よろめいたシャルロッテを執事が受け止める。幼馴染みであり、ずっと一緒にいてくれた彼――大柄なシャルロッテを抱き寄せ、その場で深く頭を下げた。
「王妃殿下、発言をお許しください」
「だめよ、反対なんて聞けないもの。あなたはこのシャルロッテを妻にして、ゾンマーフェルト侯爵家……ああ、なんか響きがよくないわね。別の家名を新しく与えましょう。とにかく彼女と結婚して侯爵家を建て直しなさい」
ぼろくそ言いながら、照れて赤くなる似合いの2人を後押しする。ブリュンヒルデの粋な計らいは、獣人貴族好みだった。罪を憎んで人を憎まず――人間より獣人が率先して広めてきた教えだ。
「そ、そんなの許さんぞっ!」
叫んだゾンマーフェルト侯爵だが、メフィストが人差し指を唇の前に立てた。黙るよう指示する仕草の直後、彼の声は聞こえなくなる。にっこり笑った悪魔は、両手を体の前で擦り合わせて楽しそうに待つ部下へ頷いた。
「持ち帰って構いません」
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