第194話 毒を煽る覚悟を示す

 戦場で「毒を煽る覚悟はできています」と口にした。その時は想像もしなかった。しかし国や兄達のためを考えれば、力を隠すべきではない。兄達をさりげなく操る術をもち、矢面に立つのがオスカーの覚悟だった。影に隠れるのは終わりにする。


 表情が変わったオスカーを見つめ、視線を逸らさずにメフィストは微笑んだ。


「責任をもってお預かりしましょう」


 留学という名目で、王弟が国を出る。それは他国から見れば「人質」と取られかねない状況だった。強国として常に南の国々の頂点に立ち続けたベリルが、王族を別国へ預けたことはない。


「……結局、あなたの思うままになりましたね」


「おや。私が画策したとでも? そうだとしても防ぐ手立てを考えるのが、国王を補佐する者の役割ですよ」


 画策しなかったわけではない。しかし積極的に仕掛けもしなかった。いくつか布石をして、落ちてくる果実を枝の下で待っていただけ。メフィストの穏やかな微笑みに隠された裏を確かめるように、じっくりと顔を見てからオスカーは肩の力を抜いた。


「あなたを抜ける日が来るでしょうか」


「頑張ってください。少なくとも昔の私より有能ですからね」


 人間の寿命は短い。だからこそ吸収が速く、さまざまな方向へあっという間に手を伸ばす。これは寿命が長い種族に見られない傾向だった。


 いつかオスカーにやり込められる日が来るとしても、メフィストは教育に手を抜く気はない。それすら楽しむ度量がなくては、魔王の片腕を名乗る資格は返上しなくてはなりませんから。


 くすっと笑った魔国の宰相と、末王弟のやり取りを前に国王は何も言えなかった。行くなという資格はなく、行ってこいと送り出す強さもない。穏やかで優しい国王は、平和で変化のない時期に王座に就くべきだった。


「待っているぞ」


 いつでも帰ってこい。この国がお前を拒むことはない。そう告げるクリストフに目を見張り、オスカーはただ頷いた。





 揃った資料に目を通し、ベルンハルトは口元に笑みを浮かべた。断罪の時間は近い。舞台の幕が上がる準備が整う中、重要な役を演じる国王ノアールが青ざめた。


「心配だ」


「いい加減になさいませ。出来ないなら離縁します」


「頑張る」


 前言撤回で気合を入れ直すノアールに、妻ブリュンヒルデがふふっと笑った。似合いの夫婦ね、と的外れな感想を呟くのはヴィルヘルミーナだ。


「アゼリア、そちらの服はどうだ?」


「いやよ。髪の色に近いじゃない。こっちの方が映えるわ」


「いっそ一緒に黒にしないか」


「うーん、そうね」


 買い与えた服を確認する婚約者アゼリアに、イヴリースは黒を着せたいらしい。お揃いのデザインで作らせても、まだ断罪に間に合う。そう訴えて、アゼリアの気を引く。


「腕と胸元を黒のレースにしてくれたらいいわ」


「すぐに手配する」


 空中から取り出したペンで書類を作成し、指を鳴らして書類を転送した。魔王から直接の命令を受け、アモン達が慌てふためいて手配に走る。私用にゴエティアを使う魔王の所業にメフィストが気付くのは、もう少し先の話であった。

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