第195話 演者が揃えば開幕待ち
ルベウス国の赤い国旗が旗めく王城は、賑やかだった。ぞろぞろと貴族が登城する様子を、各国の王族は窓から見学する。というのも、彼らの出番はかなり後だからだ。開幕から登場するのは、ノアール国王くらいだった。
「あれは何?」
「ああ、象ですわ。ご存知ありませんか? こんな感じの鼻が長い動物です」
「たしか絵本にあったわ」
アゼリアと意気投合したヴィルヘルミーナが、登城する獣人の特徴を確認して説明する。目を輝かせて動物が描かれた絵本と比較するアゼリアを、イヴリースはすぐ隣で微笑ましく見守っていた。ちなみに絵本をプレゼントしたのは魔王で、今もお姫様は膝に乗せている。
ベルンハルトは羨ましく思うものの、イヴリースほど積極的になれなかった。その結果、さり気なくヴィルヘルミーナの長椅子に一緒に腰掛けるのが手一杯だ。窓際に置かれた椅子はこれだけではなかった。
「あなた、ほら。前に戦った獅子のアイブリンガー伯爵よ」
「覚えてるぞ。あの右手の一閃は凄かった」
退屈だからと実家に遊びに来たカサンドラは、この騒動を弟や義妹から聞き出すなり夫を呼びつけた。現在、クリスタ国の王族はすべて出払っている。問題ないかと問われれば問題だらけだった。だが、部下のアルブレヒト侯爵にすべて押し付けて駆けつける。今のアウグストにとって、妻の命令は最優先だった。
かつて辺境伯として自治権を振るったアルブレヒト侯爵なら、それなりに誤魔化してくれるだろう。数日内に転移で戻ればいい。安易に考えたアウグストは、愛用の剣片手に森を駆け抜けたのだ。
窓の下を通る貴族達を眺める女性達をよそに、ベルンハルトは書き取りに忙しかった。入城時に読み上げられる貴族家の名の横に、種族を書き込んでいく。
「あ、そこは虎じゃなく豹よ」
違いが分かりにくい猫科の猛獣の間違いを指摘し、ヴィルヘルミーナが別の欄を指さした。
「これはただの狼じゃなくて、灰色狼と書いて。自尊心が高いの」
「助かります」
婚約者の助けを借りながら、ベルンハルトは貴族年鑑を作っていた。カサンドラが嫁いでから、新しく貴族家が増えたり逆に減ったりした。さらに結婚した後生まれた子が、別種族だったりと入れ替わりが激しい。人間の髪や瞳の色と同じように、遺伝の悪戯で予想外の先祖返りもあるらしい。
一部の盛り上がりをよそに、アゼリアは好奇心から目を輝かせた。見たこともない種類の獣人ばかりで、美しく着飾った奥方のドレスにも目を引かれる。大きな宝石を頭の角につけた女性に気付く。
「あの方は? ツノがあるわ」
「ああ、ヒュッター子爵家だろう。魔族と結婚した珍しい貴族家だ」
自ら婚姻の許可証を発行したため、イヴリースは覚えていた。己の長い寿命を捨て、妻が死んだら一緒に殺してくれるよう願った男の子孫だ。アゼリアが好む物語風にして語り聞かせる間に、登城の行列が途絶えた。
演者となる貴族が集まったことを確認し、ベルンハルトの促しで移動を始める。謁見の大広間に集まった人々を一望できる貴賓室があるらしい。場所を知る元王女の先導で、一行は足早に窓を離れた。
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