第193話 互いの顔が立つ引き分け

 迫られた決断に、国王は青ざめた。ここまで怒らせたと思っていなかったのがひとつ、まだ未遂だったので許されると考えたのがひとつ。魔族の苛烈さを見落とした己の振る舞いに後悔が滲む。


「腹、か」


「ええ」


 王弟クリストフは、彼女の命を助ける方法を探る。どんなに迷惑をかける存在でも、敬愛する兄王の娘だ。血の繋がる姪に不幸になれと願うほど、クリストフは冷たくなれなかった。決断できない王の代わりに、何かしら逃げ道を探そうとする。


 命を奪われるより、子を産めない女になる方がマシか。どちらにしろ修道院へ入れるつもりだった。彼女の子が不要なのは揺るぎない事実なのだ。ここでメフィストの提案に乗らなければ、4国同盟から外されるかも知れない。その場合の損失は国を揺るがすだろう。


 攻め込まれることはないと思うが、貿易や交流を断たれると困る。ちらりと兄王を見るが、苦渋の決断を下すには時間がかかりそうだった。ならば憎まれ役を買って出るのが、王弟の役割か。


「あの……いいですか?」


 その決断はクリストフより、末弟であるオスカーの方が早かった。


「ベリル国の第一王女アクアマリンは、死亡しました――突然の発熱で、つい今さっき身罷りました」


「ふふっ、気づかれましたか」


 メフィストが含み笑いを漏らし、オスカーは安堵の息を吐いた。間違わずに読み解いた末の王弟に、魔国の宰相は答え合わせを始める。


「いつからです?」


提案された時です。メフィスト殿は、王女というを口になさいました」


「それが何か」


 わざと答えをすべて口にさせる。オスカーの聡明さは王の器ではないが、補佐役として育てれば有能さを発揮する。カリスマ性はなく、穏やかな王族として振る舞うことに慣れていた。


 王弟であり兄であるクリストフが、表で外交と注目を集める。その裏で実際に策を練り暗躍するのは、このオスカーだった。当人達にさえ気づかせずに、兄達を操る手腕はメフィスト好みだ。育ててみたいと思わせる逸材だった。


「全部言わせる気ですか?」


「何か不都合でもありますか」


 わかっていて問う。幼く可愛い弟の殻を脱ぎ捨てることをオスカーは望まず、メフィストは殻を叩き割るよう策略を張り巡らした。上手のメフィストに肩を落として、オスカーは渋々口にする。


「王女アクアマリンの死を希望したなら、あなたはそのまま口にしたでしょう。しかし同盟国として我が国を気遣うなら、外聞の悪い王族の処刑は悪影響です。王女が子を産んで禍根を残すことが問題なら、王女がいなければいい……違いますか?」


 ここまで言われ、やっとクリストフも理解した。王女を幽閉しても、彼女が子を産んだら王族になる。しかし王女という肩書きのないアクアマリンが子を産んでも、王家は関係ないと言い切れた。アクアマリンは生かした上で、王女という肩書きを消せばいい。


 王女を死なせれば、魔国とベリル国は感情的な痼りが残る。だから王女はいなかったことにする。魔国は面子が立ち、ベリル国も実質的な損失なく矛を収められた。


「ええ。ですが……そうですか。第一王女アクアマリン殿下は亡くなられたのですね」


「はい。その上で私はあなたの弟子として、サフィロス国に留学したいと思います」


 頼りないと思っていた末弟の決断に、兄達は口を出せなかった。

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