第174話 王族たるもの威厳を保ち
案内不要と城内を横切った王妃は、後宮に戻った。後宮といっても妃は1人だけ。一夫多妻ではないルベウスの後宮は、文字通り後ろにある宮殿という意味に近かった。
謁見の間や執務用の部屋、応接室を設えた王宮の裏側にある。王族の私的な屋敷として、中庭付き平家造りの立派な建物だった。王妃の部屋は大きく5つの部屋から成り立っている。風呂やトイレ水回りが集中する部屋、寝室、来客時に使用する応接室、リビング兼書斎、そして巨大なクローゼットだ。
応接室にメフィストを通すと、ブリュンヒルデは長椅子の隣に彼を座らせた。豊満な胸を押し付けるようにして、メフィストの腕を抱え込む。
「魔国って暮らしやすいかしら。ここより北よね。寒いの?」
「外は氷点下になることも多々ありますが、城内や屋敷内は魔法で温度を保っているので快適ですよ」
「氷点下……では冬の庭は真っ白かしら」
一面の雪景色を想像したブリュンヒルデの問いに、魔国宰相は右手のひらの上へ景色を映し出した。魔国の一般的な貴族の屋敷の図だ。
「このとおり、中庭を温室で作ります。その周りを屋敷が囲む形が一般的ですね。ハーブや薔薇がお好きなら、ここで育てられます。家庭菜園をする貴族令嬢もいますよ」
「まあ……自由なのね」
家庭菜園といえば、食べるに困った平民がよく庭先に野菜を植えるイメージだ。しかし貴族令嬢が趣味として手掛けるなら、悪い感じは受けない。貧乏だから植えるのではなく、自らの手で育てる行為を楽しむのだろう。
魔国は1年の半分が氷と雪に閉ざされる地域で、植物を育てる温室があることはステータスだった。富の象徴でもある。その場所で果物や野菜を育てれば、当然高くつく。金銭的な負担を気にせず暮らす貴族にとって、家庭菜園は立派に淑女の嗜みだった。
「我が国は能力主義で、男女で仕事や立場を分けません。あなたのような有能な方は、いつでも歓迎しますよ」
誑かしにかかった魔国宰相に、獣国王妃はくすくす笑い出す。
「王妃、ヒルダ!! 生きて……うっ」
飛び込んだノアールは、国王としての外聞を気にせず泣き崩れた。自室と続き部屋の王妃の寝室経由で入ってきたのだろう。崩れ落ちて鼻水と涙でぐちゃぐちゃの顔は、迷子の後の子供みたいだ。あまりの惨状に、侍女もハンカチを出すタイミングが掴めない。
「あら、ご機嫌よう。
「ご機嫌よう、ブリュンヒルデ王妃殿下。お目にかかれて幸いです」
王太子妃教育で覚えたカーテシーを披露し、アゼリアが微笑む。隣でイヴリースも軽く会釈した。
「お初にお目にかかる。魔王イヴリースだ」
「ご丁寧にありがとう存じます。こちらにお座りになって。お茶を用意させましょう……ミーナ? 帰ってきていたのね。そちらが婚約者のクリスタ国王ベルンハルト様?」
ここでも優雅な挨拶が繰り広げられる。泣き崩れて嗚咽を漏らす国王ノアールをイヴリースは飛び越え、アゼリアは優雅にステップで一回転して避けた。ヴィルヘルミーナは大叔父の尻を蹴飛ばし、ベルンハルトは気の毒そうに会釈して通り過ぎる。
狐と狸の化かし合いに似た室内は、表面上穏やかさを保っていた。
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