第171話 性癖はさておき

 シャンクスは真面目で、ある意味諦めの悪い男であった。だからこそ盗賊として名を馳せ、魔王城の宝物庫を狙ってバールに両手を切り落とされた上、メフィストに足蹴にされた。しばらく閉じ込められて孤独に狂いかけた頃、魔王イヴリースの気まぐれで恩赦を得る。


 暇なので牢の掃除に出向いたイヴリースは、シャンクスの話に興味を惹かれた。変わり者を好んで侍らせる魔王は、彼に思いがけない地位を与える。ゴエティアの悪魔に連なる、魔王軍の肩書だ。それはある程度の罪は常に減じられる特権階級だった。


 何を盗んできても、誰を殺してきてもいい。魔王の役に立つ――それがすべてだと。そのあり方はシャンクスにとって誇りとなった。恩人のために隠密行動を買って出る。メフィストにとっても重宝する男なのだ。


 勝手に殺されては困る。そう考えるメフィストは、彼の魔力を終点として飛んだ。その結果、今……困惑している。


「あなた様は……」


 装飾品と服装から王族クラス、またはそれに順ずる家系の女性だろう。気の強さを示す釣り上がった緑の瞳と深紺の髪を持つ美女は、黒く長い兎耳を揺らして顎を反らした。腕を組み、見下ろす所作は傲慢さを漂わせる。


 どこか憎めない雰囲気もあった。傲慢なのにそれが似合うのだ。この人なら当然と思わせるだけの風格があった。それゆえに初対面の女性に、メフィストは敬称をつけたのだから。


「あなた、魔族なの?」


「ええ。魔国の宰相、メフィストと申します」


 いつも通り穏やかな笑みで名乗ると、僅かに美女は目を見開いた。ちなみにこの場所は、馬車の中である。世間で想像する2人掛けで向かい合わせに4人乗れるタイプの馬車ではなく、部屋が移動するようなサイズだった。


 この馬車が走れるのは、王都のように広い道幅の整えられた街道を持つ場所だけ。がたがた揺れる車輪の音が静かなこともあり、王都に向かう貴族街のどこかと思われた。


 窓にはカーテンが下がり、外の様子は直接窺えない。メフィストが視線を彼女の足元に向けた。ドレスの裾から覗くヒールが踏みつけているのは、連絡が途絶えた部下シャンクスだ。うっとりした顔をしているが、何があったのか。聞きたいような、聞きたくないような。複雑な気分で眉を寄せた。


「私はこのルベウスの王妃ブリュンヒルデです。といっても夫に塔へ捨てられたので、今はアンヌンツィアータ家に出戻った女ですわ」


 自虐的な自己紹介に潜む棘は鋭く、メフィストは瞬いて気持ちを落ち着けた。深呼吸してから口を開く。


「ルベウス王妃ブリュンヒルデ殿下にお目にかかれたこと、光栄に存じます」


 多少揺れるが馬車の中で優雅に一礼し、敬意を示す。だが主君ではないので会釈程度の挨拶だった。これは魔族共通なので、隣国であるルベウスの王侯貴族は知っている。特に咎める様子はなかった。なるほど、本当に王妃殿下のようだ。メフィストは曖昧に言葉を続けた。


「足元のシャンクスは我が国の者ですが、何か失礼をいたしましたか」


「私の入浴を覗いたので、罰として足置きを命じました」


「なるほど」


 ……他国で何をしているのでしょうか。コレの奇妙な性癖はさておき、不穏な言葉が混じっていましたね。

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