第170話 恋愛は何も見えなくなるもの

 シャンクスからの連絡が途絶えた。メフィストが溜め息をついてそう報告してきたのは、王宮の客間で寛いでいた時だった。イヴリースは肩を竦める。


「そうか」


 仕方ない、別の誰かを送り込むか。そんな軽い口調だが、メフィストは頷くわけにいかない。少なくとも失せ物探しにおいて優秀さを誇るシャンクスは、まじめな一面もあった。ふらりと遊びに行くわけがない。ならば途中で何かあったか。


「バールは使えませんから、誰を行かせるかが問題です」


 他国の問題なのであまり人員を増やせない。長椅子に寝転んだイヴリースに膝を貸すアゼリアは、きょとんとした顔で手にしていた黒髪を離した。


「メフィストが行ってきたら?」


「私、ですか」


 盲点だったのか。驚いた顔でアゼリアを見て考え、寝転がって動こうとしないイヴリースを見て頷いた。結論は出たようで、魔国の宰相はにっこり微笑む。


「行ってきますので、陛下の管理をお願いしますね」


「いってらっしゃい。気を付けてね」


 手を振るアゼリアの言葉にイヴリースが嫉妬する。


「まて、アゼリアの挨拶で見送られるなど新婚のようではないか。それはの特権だぞ」


「陛下。地が出てますよ」


 にやりと口角を持ち上げて嫌味を残し、メフィストはさっと姿を消した。獣国ルベウスの王宮は、謁見の広間以外の場所に転移防止の魔石が使われてない。魔族にとっては出入り自由だった。身を起しかけたイヴリースだが、アゼリアが軽く引き戻すと横になる。


「拗ねないで、イヴリース。メフィストがいなければ2人きりで、のんびり過ごせるわ。彼ならきちんと仕事を終わらせてくれるでしょう?」


 だから任せておきなさい。くすくす笑うアゼリアの表情を下から見上げ、イヴリースはなるほどと納得した。最近は少し控えていたが、彼女はあの曲者ベルンハルトの妹で、このルベウス国の王家の血を引く女傑カサンドラの娘、強さで人間最強と言ってもいい竜殺しの英雄アウグストの子だ。


 強く賢いのが当たり前。出会った頃から魔王相手に怯む様子もなく相対した、美しく気高いお姫様だった。それを思い出し、喉を震わせて笑う。下から伸ばした手で頬に触れ、くるんと巻いた赤毛を指先に絡めた。


 判断力もその気持ちの強さや気高さが欲しいと思った。だから手を伸ばして奪った姫だというのに、なぜ過保護に守ろうとしたのか。魔王妃にふさわしい実力者は戦場にあってこそ輝く。それは守られる存在ではなく、自ら隣に立つ者だった。


 アゼリアは兄がいるから過保護に守られる立場に甘んじたが、本来は最前線で戦う女だ。魔王の隣で剣を持ち、魔法を操ってこそアゼリアなのだから。自らの思い違いに気づき、イヴリースは苦笑いした。恋愛で目が曇っていたらしい。


「そうだったな。任せるとしよう」


 メフィストへの発言のようだが、アゼリアへの気持ちも含んだ言葉を吐き出す。目を閉じた魔王の黒髪の一部が、愛らしく三つ編みにして編み込まれていたことは……しばらく誰も気づかなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る