第172話 泣いたカラスがもう笑った
この馬車が向かう方角に主君イヴリースの魔力を感じる。どうやら城へ向かっているようです。そこまで判断し、メフィストは声をかけて向かいに座った。
「夫に捨てられたとは、穏やかでない表現でしたが……事情をお聞かせ願えませんか」
にっこり笑ったブリュンヒルデは、そこから一気に捲し立てた。
夫は優しい。だが政にも優しさを発揮する無能者で、それを補佐する王妃が悪者にされてしまうこと。他国まで悪名高き王妃となったことが悲しい。そこまでして尽くしてきたのに、先日病気になったら見舞いに来なかったこと。
「……見舞いに関しては移るといけないから、王を近づけない配慮はわかるの」
少し寂しそうに笑った。この点で、メフィストの中で天秤は王妃側に傾く。不遇だと嘆きながらも、国のために納得する姿勢は王族に相応しい人格者だった。
「でもね」
一週間も寝込んで高熱に魘され、変な夢を見て泣き、もうすぐ死ぬかもしれないと呼吸困難で危篤状態でも来なかったこと。もしかしたら側近が黙っていた可能性もあるけれど、あまりに放置しすぎ。そう締めくくり、彼女は溜め息を吐いた。
「最終的に病気だから、急拵えの塔に捨てられたわ」
「捨てたとは限らぬでしょう。意識がない間に運ばれたのですよね」
死んでいたという表現を美しい包装紙に包んでリボンまでつけたが、王妃は首を横に振った。
「あの塔は悪意しかないわ。だって、私が高所恐怖症だと知っていて、あんなに高い塔の天辺に寝かせたのよ」
わっと泣きだした。どうも感情が不安定らしい。困惑したメフィストの視線の端で、「あっ」と吐息混じりに幸せそうな変態が1匹。あれは持ち帰っても使い物にならないかも知れませんね。
蔑みの眼差しを向けると頬を赤くしている。この際、この国に捨てていった方が平和な気がしてきました。メフィストは「惜しい部下を亡くしました」と呟く。
「降りるのにどれだけ怖い思いをしたか。挙句に王妃が寝ているのに、警護1人も置かないのは失礼よ。ゴミじゃないのよ! 捨てるにも礼儀ってものがあるでしょう」
確かに、相手が人なら別れるにも礼儀は必要です。現実逃避しながらメフィストは頷く。同意を得たことで、ブリュンヒルデは落ち着きを取り戻した。ヒステリーは否定されると激昂し、肯定されると落ち着くものだ。落ち着くにつれ、涙を拭うハンカチをもじもじと弄り始めた。ちらっと向けられる視線が熱い。
「あなた、魔国の宰相よね。もしかして……独身?」
「はい、若輩者ですから」
「あらご謙遜。宰相閣下ですもの、有能でいらっしゃると思うわ。その……年上の女はお嫌い?」
「…………」
ここでようやく、メフィストは旗色が悪いことに気づいた。射程内に捉えられた獲物の気分で、ごくりと唾を飲み込んだ。政治的能力に優れた美女だが、他国の王妃である。しかも捜索対象だった。
「年は関係ありません。王妃様のように美しい方なら、どなたでも見惚れるでしょう」
当たり障りのない返答のようだが、メフィストの口角はわずかに上がっていた。獲物にされるのは好みませんが、一本釣りは得意です。物騒な例えをした宰相は微笑んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます