第164話 炎の中には……何が

「それは一大事だな」


 興味なさそうに呟くが、事実、イヴリースにとって完全に他人事だった。だがこの場で焦ったのは、ノアールだ。


「消火を急げ! 客人がいるのだぞ、避難の……」


「叔父様、私が消しましょうか?」


 魔力量の多いアゼリアは、簡単そうに口を挟んだ。彼女の魔力量の多さは有名で、頼もうとしたノアールが頷く。


「……待て、まさか我が番に炎の前に立てというのか?」


 機嫌が良かったイヴリースの後ろに暗雲が立ち込める。文字通り、黒い何かが広がった。不機嫌さを示す魔王に、獣王はびくりと肩を震わせる。どうしよう、逆鱗に触れたか?


「やめて、イヴリース。叔父様の尻尾が可哀想なことになってるわ」


 感情と恐怖のバロメーターである尻尾が、小さく細くなって足の間に逃げ込んでいた。カサンドラの弟であるにもかかわらず、兄か歳の近い父のような外見のノアールの耳も、ぺたんと全面降伏だ。


「動物を虐めちゃだめよ」


「……すまぬ、少し気が立っていた」


 叔父である獣人の王を「動物」呼ばわりしたアゼリアに自覚はない。ただ可哀想な尻尾に、ノアールの本音を見てしまっただけ。そして仲裁に入れるのが自分しかいないという自負故の発言だった。


 くすくす笑うヴィルヘルミーナが立ち上がる。ベルンハルトは慌てることなく、スマートに立ち上がって彼女に手を添えた。


「現場を見てから判断しませんか?」


 兎耳の公爵令嬢の提案に、へたれ狐耳の国王は大きく頷いた。もう声を出したら震えてるのが丸わかりで、情けないので話せない。それ以前に喉の奥に声が張り付いて出てこなかった。


 がくがく震えながら先頭を歩かされるノアールは、執事に肩を借りながら引きずられて現場に向かった。後で気づいたアゼリアが「転移すれば良かったじゃない」と指摘するも、魔王は「他国の城内で勝手に魔法を使うのは失礼であろう」と逃げたのは、余談である。


 ともあれ、歩いて城内の敷地を横切った彼らがたどり着いたのは、王城の裏手にある塔の前だった。


「これは……なんというか、見事、だね」


 言葉を選び損ねたベルンハルトだが、これまた妹と同じで悪気はない。立派な松明のようにまっすぐに火柱となった塔は、木造建築だった。


「珍しいな」


 塔は石造りが多い。罪を犯した貴人が幽閉されたり、書庫として利用されることもあった。螺旋階段の両側を本棚にした書庫を持つ魔国は、火事による消失を防ぐために石造りとなっていた。火災除けの魔法陣も刻む念の入れようだ。それだけ書物は国にとって重要なアイテムだと認識されていた。


「ここは何が入ってましたの?」


「王妃が……」


「「「は(い)?」」」


 無邪気なアゼリアの問いに返ったノアールの呟きに、慌てたベルンハルトがイヴリースに要請した。


「すぐに火を消せますか?」


「……消せるが」


 嫌だと続けそうな魔王に、赤毛の狐の姫君がにっこり笑ってお強請りした。


「お願い、消して」


「そなたの願いならば何なりと」

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