第163話 確かに大変でした

 複雑な言い回しを必要とする挨拶を省いて、顔合わせの会食を行う。昼食なので軽いものを中心とした。


 獣人だからと肉ばかり食うわけではない。食べ物自体は人間と大差なかった。ただ、多少肉の焼き加減がレア好みなくらいだ。


「ふむ……昼だが構わぬだろう」


 ひょいっと空中からワインの瓶を取り出したイヴリースに、アゼリアが目を輝かせた。見覚えのあるラベルが貼られた緑の瓶は、大きく膨らんだ形をしている。黄金の雫と呼ばれる特別な1本は、アゼリアの好みにぴったりだった。


 弱炭酸で美しい琥珀色の液体が注がれる。


「美味しい」


 嬉しそうなアゼリアが口をつけ、それを見て兄ベルンハルトが瓶を受け取る。侍女の手を通さず、手ずからヴィルヘルミーナのグラスに注いだ。


「こちらのワインは炭酸も弱く、女性の好むすっきりした甘さです。試してみませんか?」


「まあ、素敵」


 グラス内を満たした炭酸に目を細め、ヴィルヘルミーナは嬉しそうに笑った。唇を湿らせる程度に口をつけ、それから傾けて味わう。数種類のワインをブレンドした複雑な味わいと、舌を刺激する炭酸。飲んでいるときは甘いのに、後味はさっぱりした柑橘系の香りが残るワインは、女性達の微笑みを誘った。


「本当に美味しい。これは輸入できるかしら」


「魔国の特産品だ。よければ毎年一定量を差し入れよう」


 イヴリースが簡単そうに約束するが、このワインは魔国内でしか流通しなかった。その理由がメフィストの作戦にあるとは誰も知らない。今回は彼が土産にと持たせたのだが、どうやら解禁にする代わりに手に入れたいものがあるらしい。


「交易が盛んになりそうですね」


 にっこり笑うアゼリアの無邪気な様子に裏はない。だが隣で意味ありげに頷くイヴリースの様子を見たノアールは、きりりと痛む胃の辺りを手で押さえた。


「ベリルから魚も取り寄せてやろう。塩をふんだんに使った塩釜焼きというのを、ベールが試すと言っていたぞ」


 魔国の有名な女将軍の名を出し、イヴリースは穏やかな様子で肉を切り分ける。それを一口サイズにして、アゼリアの口に運んだ。酔ったのか、赤い頬で目を潤ませたアゼリアは素直に口を開く。


 他国なので隣に座ったが、アゼリアは自らの前に並んだカトラリーに手を触れない。給餌行動は獣人にもよくみられるが……少々行き過ぎでは? 姉上達はこれを許しているのか。


 困惑のルベウス国王を置き去りに、ヴィルヘルミーナもベルンハルトに食べさせてもらう。若いカップルに挟まれ、居心地の悪さに再び胃がきゅっと縮んだ。


 この会食、もう終わりにしてもいいだろうか。宰相に視線で了承を求めるが、首を横に振られた。今後の国家の存亡を占う重要な会食だから我慢、そう返され気合いを入れ直す。ここを乗り切れば……そう思ったノアールだが。


 事件は城の裏で起きていた。


 イヴリースが目に見える水色の結界を張る。それと同時に耳のいいヴィルヘルミーナも、ぱっと手を広げて迎撃の姿勢をとった。足音が近づき、アゼリアとノアールも気付く。


「大変です! 城の裏手が燃えています!!」


 報告に飛び込んだ老執事の声を追い、僅かな焦げ臭さが室内に広がった。

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