第157話 何しに来たんでしょうね

 ドラゴンは魔族に分類される。成竜になれば人型を取れるようになるが、獣人ではなかった。数が少なく、成長に数千年かかるため幼体の頃に殺される個体も珍しくなかった。そのため現在は希少種に分類される。


 虹竜は魔王と戦って封じられたこともあり、魔族の中でも有名なドラゴンだった。フローライト国の地下で眠る彼女が動いたなら、今後あの国で聖女が生まれることはない。治癒魔法の源が国から消えた形だった。他国の事情を知らないアゼリアは、子猫を拾った程度の感覚で可愛がる。


「雌でなければ殺していたが」


 物騒な発言をしながら、アゼリアにせっせと食事を運ぶ。イヴリースは通常運転でマイペースだった。素直に口を開けて食べさせてもらうアゼリアの姿に驚くオスカーだが、メフィストの目配せで見ないフリに徹する。


 凝視したのがバレたら、イヴリースの嫉妬の対象になりかねない。メフィストもしれっと席について食べ始めた。


「魔族の方々のお食事の好みがわからないため、我が国の料理ですが……お口に合いますか?」


 オスカーは、隣に座ったメフィスト相手に話しかける。


「ええ、美味しいですよ。我が国には海がありませんから、魚料理は少ないのです。珍しさもありますが、今後は我が国にも広がるでしょうね。クリスタ国を通じて、外交も貿易も盛んになると思いますから」


 民間でも国家レベルでも、4つの国が繋がれば世界の大半を支配できる。獣国の精鋭達はまだ5カ国連合の残党狩りを楽しんでいるが、彼らも塩や魚の輸入を望むだろう。


「私、お魚好きだわ。身が上品なお味なの」


 にっこりと笑うアゼリアの一言で、メフィストは魚の輸入に関する提案がいくつか浮かんだ。幸いにして魔物から取れた魔石が大量に余っているので、これらを交換材料とした輸入システムを構築しましょう。そんな側近の様子を一瞥し、イヴリースは愛しい姫に果物を運ぶ。


 南国特有の鮮やかな赤や黄色の果物は、かなり甘い種類が多い。目を輝かせて、あれもこれもと強請るアゼリアは、イヴリースの給餌を受けて満足するまで果物を堪能した。


「オスカー殿下、あとで貴国の宰相殿と貿易のお話をさせていただきたいのですが」


「我が国も木材など欲しい物がありますから、ぜひ! こちらからお願いします」


 なるほど、寒い北の木材は目が詰まっているので建築材料として重宝するのですか。自分達には当たり前のことが、南の常識と違う。メフィストはにっこり笑い、交渉の約束を取り付けた。


「ミリア、おいで」


 犬猫相手のように手招きし、膝の上に乗せたアゼリアがイヴリースを振り返った。


「ねえ、戦は終わったの?」


 もう帰れるかしら。それなら家族に竜を見せたいわ。そう続けた無邪気なアゼリアに、イヴリースは確認もせずに頷いた。


「我らは帰ろうか」


「陛下?」


 これから外交と同盟の調印など、あなたの役目は残っていますよ。そう匂わせる宰相に「用があれば呼べ」と吐き捨て、イヴリースはさっさと席を立つ。そのままアゼリアとマクシミリアンを連れて転移してしまった。


 残されたメフィストの笑顔が引き攣る。


「あの人は、何しに来たんでしょうね」


 恐ろしい響きに、オスカーは何も答えることが出来なかった。どう答えても良い未来にならない。その答えは正しく、生存本能に基づく非常に高度な判断だった。

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