第156話 ここは他国ですよ
ベリル国の総大将を務める末っ子王弟オスカーと一緒に、戦場で豪華な食卓を囲む。膝に横抱きで座らせたアゼリアの尻尾が、ゆらりと揺れた。ぴんと立った耳が可愛くて、食べてしまいたい。じっと見つめる視線に気づいたアゼリアが頬を赤くした。
「イヴリース、あの……メフィスト、きゃっ」
参謀として残ったはずのメフィストが居ないと指摘しようとして、嫉妬した魔王に耳を噛まれる。ぴくぴく動く耳が、歯を立てるイヴリースから逃れた。
「何するの! もう!!」
ぽかっと遠慮なく角の横を叩くアゼリアに、オスカーは青ざめてカトラリーを置いた。作って用意した者には悪いが、落ち着いて味わう状況ではない。ここは見ないフリをするべきか、いっそ席を立った方が……。
火の粉を被らないよう立ち回ろうとする彼の顔色は、見る間にひどくなっていく。血の気が引いた青ざめた顔で、そっと椅子を引いた。このまま立ち上がって逃げようとした時、メフィストが戻ってくる。見ていたような絶妙のタイミングだった。
「陛下、ここは他国ですよ」
控えてくださいと注意し、末っ子の王弟に優雅に詫びた。
「申し訳ございません。この方は自由な振る舞いが多いものですから、ご迷惑をおかけしました」
「……余が悪いように聞こえるが?」
「悪くないと思っているのなら、頭の出来を疑います」
ぴしゃりと言い切られ、むっとした顔でイヴリースが黙り込む。両手で獣耳を守るアゼリアが、魔王に止めを刺した。
「今のはイヴリースが悪いわ」
ショックを受けた顔で俯いたイヴリースの黒髪がさらりと流れる。その毛先で、小さな竜が遊んでいた。魔力をほとんど持たない幼体に気づき、メフィストがじっと観察する。
「それは……虹竜フルエーレの幼体、でしょうか」
「ああ、母体も回収した」
「封印から逃れたというわけですね」
魔族の王と宰相は、数代前の魔王が封じた竜の話を伝え聞いている。その知識をもとに会話を始めたが、人間の国で育ったアゼリアはきょとんとした顔で尋ねた。
「虹竜フルエーレって、ミリアのこと?」
「ミリア、ですか」
勝手に名付けまで行ったと知り、メフィストの暗赤の瞳がイヴリースを睨む。どうして止めなかったのか。かの竜は魔王や魔族に対して敵対心を持っている可能性があるというのに。
黒髪に戯れて遊ぶ姿が真実だと、保証はない。油断させて攻撃するかも知れないのだ。イヴリースは竜の攻撃でも無事だろうが、もしアゼリアを害されたらどうする? 咎める側近の視線を受け流し、イヴリースはさらりと言い切った。
「マクシミリアンと
マクシミリアンとは男性名ではなかったか? オスカーの疑問は、そのままメフィストも抱いた。だが互いに口にしない。ミリアと愛称で呼んでいたので、普段はそちらで構わないだろう。
「まさかとは思いますが、持ち帰る気ですか」
「アゼリアが飼うのだ。余が拒む理由はあるまい」
外交を兼ねた魔王の口調に、メフィストは呆れたと肩をすくめた。だがその裏で、主君の気を逸らす竜の存在を歓迎する。このまま地下牢の獲物を処分したことを忘れてくれたら……。悪い笑みに口元を歪めたメフィストは、穏やかに同意した。
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