第158話 身勝手もここまでくると才能ですね

 ベリル国は実質、ほとんど戦わないうちに戦争が終わった。見た目はベリル国の奇襲作戦により、敵軍を挟撃した形になっている。しかし最前線で戦ったのは、獣国ルベルスの兵士が主だった。


 裏から回り込んだ部隊には、黄金の虎将軍が混じっている。他国の領地で好き勝手に暴れた獣人達は満足そうで、一部は獣姿で毛繕いを始めるほどご機嫌だった。混ざれなかったと頬を膨らませたお姫様は、魔王と一緒に帰還して不在だ。


「では外交や貿易に関する取り決めを」


「調印は後日、魔王陛下が行います」


 事前の詳細な取り決めをすべて終えたメフィストは、優雅に一礼して転移する。人間より魔力も豊富な獣人は、魚料理を堪能してから魔法陣経由で帰る予定だ。


 帰れる先がクリスタ国だと理解していればいいですが……そんな懸念を抱いたものの、忠告するのは自分の役目ではない。メフィストは彼らを放置して、クリスタ国にいる魔王の魔力を目印に飛んだ。魔族の転移は魔法陣に頼らないことが多く、安全を確保するため空中に出現する。


 終点の探索に使う魔力に余剰があれば、イヴリースのように地上へ転移するのが通例だった。そして楽をして空中に現れたメフィストは、すぐに逃げようとする。しかし遅かった。発見したイヴリースが放った網にからめとられ、地上に叩きつけられる。


 ぎりぎりのところで翼を使い受け身を取ったが、主君の手荒い歓迎に顔をひきつらせた。


「陛下、私は貿易や外交の交渉を纏めてきたのですよ? 仕事をした部下を労う前に攻撃するとは、どういう……」


「お前、見たのか?」


「見てません」


「……見たんだな」


 即答による受け答えに、イヴリースの顔が引きつる。網に絡め取られ、身動きできない側近の首に剣を当て、魔王は決断を迫った。


「目を差し出すのと、首を落とすのはどちらがよいか」


「……どちらもご遠慮いたします」


 うっかり、報告がてら主君の近くに転移した。眼下に見えたのは、自然に湧き出た温泉の湯気と森の景色だ。湯気の中に人影が魔力として捉えられたが、姿かたちは見えなかった。だが狭量な魔王は番の姿を見られたと怒り心頭だ。


 子供のまま成長しない強者というのは、ここまで面倒なのでしょうか。盛大に溜め息をついて生き残りをかけた説得にかかる。


「いいですか? 本当に見たのなら、この瞳を抉ってお詫びするのもやぶさかではありませんが……冤罪ですよ。私が見たのは湯煙だけです。記憶を探りますか?」


 そのくらいは許容しますが。妥協案を出して待てば、唸るイヴリースを制御できる唯一の女性が声を上げた。


「イヴリース、だから言ったじゃない。見えてないわよ、ほら戻ってきて」


 アゼリアの声に、慌てて戻っていくずぶ濡れの魔王は薄い衣をまとっている。おそらく彼女も同じだろう。ならば見えても衣越しなので問題ないのでは? そう思ったが、賢明にもメフィストは余計な口を叩かなかった。


 湯に入る水音がして、すぐに体を拘束する網が消える。魔力で作られた網は物理的な力で千切れないため、ようやく自由になった手足を確認してメフィストは身を起こした。


 仕事もせず役目を放り出して婚約者と温泉を楽しむ主君に、どうして私が責められたのやら。納得できませんね、ええ……きっちりお返しさせていただきましょう。にやりと笑う側近の笑みは黒く、この後大量の書類処理を押し付けられる主君の姿を想像して、さらに笑みは深まった。

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