第152話 拾われ子竜は豪華な名を賜る

 手を伸ばして抱き上げようとするアゼリアに、イヴリースが注意した。


「属性がわからん、確認するまで触れるな」


 海で浮かんでいたのだから、火の属性はないだろう。だが氷ならば肌を傷つける。きっちり結界でくるみ、魔力を遮断してから摘み上げた。首の後ろを持つと、猫のように両手足がきゅっと丸まる習性がある。


「きゅー」


 不満げな声を上げる幼体に、イヴリースは水や風など数種類の魔力を流した。一番反応したのは水と光だ。両方を併せ持つなら、治癒も出来る可能性が高かった。


「アゼリア、おそらく問題ないが気をつけろ」


「わかってるわ。噛まれたら叩くから平気よ」


 そっちではないのだが、今の答えは可愛かった。犬や猫と同列に竜を扱うあたり、さすがは獣人族の血を引く姫君だ。イヴリースが微笑んで竜の幼体に言い聞かせる。見た目は穏やかだが、その威圧に竜は震え上がった。


「よいか、アゼリアに傷ひとつでも負わせたら首を落とすぞ」


「きゅ、ぅ」


 怯えた様子で震える幼体を、アゼリアの腕に置く。首を離すと、慌てて彼女にしがみついた。この僅かな時間で子竜は理解していた。この場で一番強いのはイヴリース、弱いのは自分、偉いのはアゼリアだと――。


 本能で順位付けし、アゼリアに甘える。


「可愛い! 連れ帰って飼いたいわ」


「……余がいれば、竜など不要だぞ。飛べるし、竜に似た形態も取れる。これは捨て……置いていこう」


 普段の傲慢さが嘘のように、イヴリースの言葉に焦りと嫉妬が滲む。第四形態なら、ほぼ竜と呼んで申し分ない姿を取れる。翼や角が多いので厳ついが、アゼリアが望むのなら見せてもいい。そんなニュアンスからの「捨て竜」宣言だった。


 竜が獲得しそうなペット枠も愛される恋人枠も、もちろん番の枠もすべて独占したい。己の欲望に忠実なイヴリースの本気の訴えは、アゼリアに冗談と受け止められた。


「拾った後で捨てるなんて可哀想だわ。海の生き物じゃないのなら……飼ってもいいでしょう?」


 お願いと両手を合わせる。きょろきょろとアゼリアとイヴリースを見つめて、状況を察したのか。竜の幼体も小さな手を寄せた。手が短すぎて、指先が触れるのがいっぱい一杯だ。


「……しかたない。アゼリアの頼みなら聞かぬわけにいかぬか。よいか、僅かでも傷つけたら」


 首を刎ねる、殺す、潰す、死にたくなるまで苦しめる。様々な要因を含んだ無言の笑みを向けられ、竜は必死で小さな頭を縦に振った。


「この子、賢そうね」


「ああ。竜は記憶を宿したまま生まれ変わる種族だ。外見は幼体だが、中身は数千年単位で生きているだろうさ」


「そうなの? 凄いわね、


 竜の身体がほんのりと光った。名づけを行うと、竜種の肉体にその名前が刻まれる。そのため一度名付けてしまうとやり直しが利かないのだが……。何も知らずに名付けたアゼリアは笑顔でご機嫌だ。名付けについて説明する間もなく、彼女は竜の名をマクシミリアンとした。


「立派な成竜になったとき、豪華な名前がいいもの」


 最上を意味するマクシミリアンを選んだ理由を口にしながら、アゼリアは竜の頬に頬を寄せた。

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