第153話 非常に言いにくいのだが……だぞ?

 抱っこする幼体は、小型犬サイズだった。前足の脇に腕を回すようにして背中から抱っこしたため、竜の後ろ脚がぶらんと揺れている。


「マクシミリアンと名付けたのか?」


「名前がないと不便ですもの」


 アゼリアの不便という言葉に頷きながらも、イヴリースは眉を寄せた。いまの光り方から判断して、名付けは正常に終了したらしい。マクシミリアンは立派な名で、竜に相応しい響きだった。だが……問題がひとつある。


「……雌だぞ?」


「え?」


 慌てて竜を裏返しじっくりと確認する。じたばた暴れて隠そうとする竜の幼体が「きゅー、きゅー」と困惑の声を上げた。確認したアゼリアはにっこり笑って、子竜を抱き締める。


「女の子だったのね、


 一瞬で愛称を女性風に読み替えたアゼリアは、性別勘違い事件をなかったことにした。それをイヴリースは「可愛い」と見守り、恥ずかしい思いをした竜の幼体改めマクシミリアンは複雑そうな顔で受け止める。ひとまず、魔王城の居候が増えた瞬間であった。


 竜は本来陸地に棲む生き物だ。水属性であっても、川や湖を好むのであって、海に浮かんで暮らす習性はない。その点を考えるとこのマクシミリアンの拾われた状況は不自然だった。しかしイヴリースはその点を指摘しない。


 気に入って飼うと言ったのは最愛の番だ。ならば叶えるのが最高の愛情だと考えた。多少歪んでいても、イヴリースはアゼリアの願いを叶えたいと思っているのだ。肌寒さを感じて身を震わせたアゼリアの肩を抱き寄せ、マントで包んで温める。


 収納からコートやローブを出せばいい。だが気づかなかったフリで、抱き寄せるチャンスを逃さない魔王だった。ちゃっかりしている。


「メフィストが首を長くして待ってるかしら」


「そうだな、あれは物理的に伸びる」


 第二形態を揶揄って笑うイヴリースは、魔物の姿を他者に見せたり語ることに対する抵抗が薄れていた。どんな姿でもいいと認めてくれたアゼリアの影響は大きい。


「伸びるの?」


「ああ、獣姿の方が人型より首が長いであろう?」


 獣に近くなるということは、首が伸びる。そう言われて、慌ててアゼリアは自分の首を確認するため、マクシミリアンを下ろした。それから己の首を触り、イヴリースの首を触る。数回繰り返してから、ほっとした様子で息をついた。彼女の奇行を見守った魔王が口を開く。


「いかがした?」


「私、獣人とのハーフだから首が長いのかと思って」


 斜め上の心配にイヴリースは声を上げて笑った。笑いすぎて疲れた頃、むっとした顔のアゼリアを抱き寄せる。機嫌はまだ直らないが、それでも腕を振りほどかないお姫様の耳に唇を寄せた。


「どちらでも、余はアゼリアが欲しい」


 好きだ、そんな軽い気持ちではない。独占したいし、閉じ込めて隠してしまいたい。様々な欲を滲ませた本音を聞いて、恐怖じゃなくて安心した。アゼリアは「いいわよ」と、尖らせた唇を解いた。顎に手を掛けて振り向かせたイヴリースが顔を寄せ、互いの唇が触れる。


「きゅー! きゅー、きゅ……っ」


 叫んで気を引こうと黒髪を引っ張ったマクシミリアンだが、キスを邪魔されたイヴリースの睨みに、慌てて丸くなって頭を抱えた。ぶるぶる震える子竜が指さした先、海の波間に大きな何かが浮かんでいる。細長い何かを放つ生き物に、アゼリアの肩を抱くイヴリースの腕に力が入った。

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