第151話 海辺デートの拾い物
海辺で、イヴリースは婚約者アゼリアに見惚れていた。元から美しい彼女だが、無邪気に波と戯れる姿は愛らしい。目に焼き付ける光景から、美女は飛び出して抱きついた。
「イヴリース、海ってベタベタするのね。塩の味がすると聞いてたけど、思ったより辛いわ」
直接飲んだら危険だと言われたので、指先を舐めるだけにしてよかった。アゼリアの報告に、どれと彼女の指を口に含む。
「ん……ぅ、っ」
ねっとりと舌を這わせ、彼女の赤くなった頬を見ながら爪の付け根や敏感な指先を舌で突く。驚いて指を引こうとしたアゼリアの手を掴み、手のひらや甲も丁寧に舐めた。見せつけるように指の股もしっかり舐め終わる頃、アゼリアはぐったりしていた。
「確かに塩辛い」
刺激が強すぎたか? くすっと笑うイヴリースに、アゼリアは苦笑いする。
「機嫌は治った?」
「そなたと一緒にいて、機嫌の悪い道理はあるまい」
あったのよ。何かに嫉妬してたくせに。
本音を上手に隠してアゼリアは、海水から唾液に塗れた手を取り戻した。渡されたタオルで足を拭いていく。膝下まで捲っていたが、ズボンの裾が少し濡れた。
「戦は終わったかしら」
「メフィストが人間に負けるはずがない」
滲ませた信頼に、アゼリアはそうねと頷いた。魔族として戦えば当然の勝利だが、同じ土俵で兵を動かして戦ったとしても彼が勝つ。そこに疑いを挟む余地はなかった。
「海はずっと揺れてるのよね? この波は誰が起こしてるのかしら」
アゼリアの疑問に、イヴリースは首を傾げた。そのようなこと、考えたこともない。誰が動かしていようと、何か企んでいようと、自分に直接関係ない事象であったから。
「さて」
「海の魚は食べたことあるけど、地元は生でも食べるんですって」
輸入された魚介類を食べることはある。干した貝や魚、それからたまに焼いたものも……しかし素材のまま食べた経験は、アゼリアになかった。
「食べたいなら用意させよう」
「せっかくだから試してみたいわ」
微笑むアゼリアの姿に、彼女が気に入ったら毎日でも用意させる。そう心に決めたイヴリース、魔王軍の業務に生魚運搬が加わる日も近そうだ。メフィストに知られたら叱られるだろうが、抜け道はいくらでもある。同盟国の監視や視察の目的で、魔王軍の重鎮を転移で往復させればいい。
簡単そうに鬼畜な方針を固めるイヴリースの耳に、アゼリアの声が飛び込んだ。
「ねえ、あれは何かしら」
海を悠々と泳ぐ1匹の小さな生き物がいる。海の魚ではなく、イカやタコにも見えなかった。首の先だけ波間から浮かんでいるらしい。
「気になるなら捕獲してやろう」
「殺さないでね、あとで海に返すから」
「ああ、もちろんだ。さすがは余のアゼリアだ、なんと優しい」
なんでもアゼリアを褒める材料にする魔王イヴリースに頬を染めながら、アゼリアは未知の生き物に目を輝かせる。魔力で固定しようとして外れたため、むっとしたイヴリースが網目状にした魔力で強引に足元へ転送をかけた。
ぱっちりとした大きな目が特徴の生き物に、イヴリースは眉を寄せる。
「竜の幼体か」
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