第150話 愚者は悪魔の手で踊る

 紹介された聖女を頭から爪先までじっくり眺めるヨーゼフの粘着質な視線に、ユーグレースの王太子が私に惚れたと聖女は好意的に受け止めた。外見に関係なく、治癒能力の有無で選ばれる聖女だが、生まれる前に母胎で受けた魔力が尽きればただの女性に戻る。


 12歳で見出された聖女リタは現在19歳。23歳頃には魔力が切れると推測されており、そろそろ嫁ぎ先を探す頃合いだった。貴族ではない平民出身でも、聖女経験者は国が後見人となるため嫁ぎ先に困らない。持参金も過去の貢献度に合わせて用意された。


 醜いがこの男を誑かせば、一生食べるに困らない。贅沢ができる。そう考えたリタは、媚びを売らぬ程度にヨーゼフへ微笑んだ。これで嫌われることはない。予備として確保しよう。そう考えて背を向けた聖女は、大急ぎで別国の王子の救護に向かった。あちらも王太子ではないにしろ、重要な嫁ぎ先候補だ。命の恩人として覚えてもらわなくては……気の多い聖女は知らなかった。彼女に向けられる下衆な視線の意味を。


 案内の騎士に手を預けたリタの後ろ姿を、舐めるように視線でたどる。豊満な尻、くびれた腰、やや膨らみの足りない胸元……だが可愛らしい顔をしている。涙を流して懇願する様が見ものだと、ヨーゼフと取り巻きはにやにや笑った。


 聖女は子供を産む孕み腹だ。何をしても構わない。自国の文化を悪意を持って曲解するよう仕向けられたヨーゼフは、己の歪んだ考えの醜さに気づけなかった。目の前で腰を見せつけるように振って歩いた獲物を、どこで押し倒すかの相談を始める。あの女は俺に惚れたようだぞ、媚びを売っていた。


 他国の王子のテントに入っていく姿を見て、先を越されたと舌打ちする。他国の王子の後というのは気に入らん。すでに戦場に来た目的を忘れていた。彼女が出てきたら、あの身体を皆で楽しもう。戦場に女が連れてこられる理由など、処理以外の目的はない。思い込んだヨーゼフの濁った瞳は、テントの出口に向けられた。


 元から戦力として期待されない彼の部隊に配属された兵は、同郷の者らの救護に当たり、また他国との連携のために交流していた。真面目な兵は己の臨時上司が下衆な思惑で動いていることなど、知る由もない。


 治療を終え、疲れにふらつきながら出てきた聖女リタは、肩を抱いた強引なヨーゼフに護衛を遠ざけられ森へ歩いた。わずか数分後、聖女の悲鳴に駆けつけた騎士が見たものは――ヨーゼフが無理矢理彼女を押し倒した現場だった。


 口を押さえた側近が、指を噛まれて離した隙にリタは甲高い悲鳴をあげる。しかし悲鳴に気づいて駆けつけた騎士は間に合わなかった。殴って引き離した聖女の足に伝う破瓜の赤は、戦場で唯一治癒能力を持つ女性の喪失を意味する。兵士より貴重な戦力を奪った男へ、鋭い叱責が飛んだ。


「知らな、かった……そんな、重要な女だとは、誰も言わなかった! 俺は悪くない! そうだ、その女に誘われたんだ!!」


 紹介の内容を聞き流したヨーゼフの言い訳は無視され、脂肪を纏つかせた身体から醜い欲を切り落とされた。側近ともども鎧や武器を取り上げられ、森の奥に捨てられる。ここは魔獣はおらずとも、獰猛な獣の住処だ。血の臭いを放つ戦えない人間など、餌に過ぎなかった。


 足元で獣に囲まれ、生きながらに食われていく愚者達の姿に口元を緩め、悪魔は自慢の山羊の角を撫でる。聖女には悪いことをしましたが、彼女が助けた王子が娶ってくれることになりましたし。仕掛けた物語の終焉としては、素晴らしい出来でした。


 満足げな笑みを浮かべたメフィストは、右手の指輪の宝石をさらりと撫でる。宰相という外交も担う地位にあるため、普段から録画する癖があった。この情報は後で皆と共有しましょうか。くつりと喉を震わせたメフィストは、両足と腕を食われながらもまだ息のあるカエルを振り返った。


「ご苦労でしたね、よい娯楽になりましたよ」

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