第149話 観客のいない舞台は回る

 フローライト国の陣は、聖女のテントを中心に仕立てられる。戦争に貴重な聖女を2人も同行したのは、ケガをする兵や騎士の治癒を担当させるためだった。


 魔術師の長年の研究や、過去の事例を紐解いた結果、子宮に魔力を宿すことは間違いない。治癒能力を持つ男児が生まれないのも、子宮という器官が存在しないためと考えれば納得できた。そして子宮に子を宿すと、治癒能力に必要な魔力は消える。聖女とは、女神信仰の処女性を非常に重視される存在なのだ。


 国境近くで最初に戦端を開いたのは、フローライト国の隣国だ。スフェーン国と反対側に位置し、フローライトの王妹が嫁いだ国は、すぐに応援を求めてきた。ベリル国の勇猛果敢な騎士の攻撃により、かなりのケガ人が出ている。応援の兵に、聖女を1人同行させることに決まった。


「王子の1人がケガをなさったらしい」


「まあ……お助けしなくては」


 嫁いだ王妹の子供がケガをしたなら、国としては治癒が可能な聖女の派遣もやぶさかではない。安全を確保する護衛をたっぷりつけて、送り出した。これが悲劇の始まりだ。偶然のように見える事件が、有能で残酷なある男の手による策略だと知る者はまだいない。


 聖女が派遣されるように仕組んだメフィストは、戦場の様子を眺めながら「そろそろですね」と呟いた。


「少し失礼いたしますよ」


 オスカーにそう告げると、転移で姿を消す。この時呼び止めなかった王弟は、作戦の指揮に忙しかった。海へ向かった主君の様子を見に行ったと勘違いしたことも重なり、特に気にかけることもなく獣国ルベウスの援軍の位置を地図に書き込む。


「挟み撃ちは成功。完璧な布陣です」


 満足そうに頷き、将軍や近衛騎士数人と話し合いながら軽食を取った。


「観客も欲しかったところですが、仕方ありません」


 くすくす笑いながら空中に留まるメフィストの眼下に、フローライト国から隣国へ応援に向かう一行が映る。そしてスフェーン国から飛び出した一団も……。


「最前線で戦うぞ」


 息巻くヨーゼフと取り巻きの相手が面倒になり、侯爵は出陣許可を出した。自国の兵を少し、他国から寄せられた兵をたっぷりつけて、ヨーゼフは意気揚々と戦場へ駆け出す。


「もう帰ってこなければいいが」


 侯爵の口からこぼれた本音に、スフェーン国の将軍を含めた部下は無言で肯首した。この判断が、5カ国連合崩壊の引き金となる。


 途中で友軍と合流したフローライト国は、聖女をユーグレースの王太子に会わせてしまった。彼女があと数年で引退予定だったこともあり、あわよくば未来の王妃にと願ったのだ。だがそれは今ではなく、未来の話だった。


 我が侭な子供の前に甘いお菓子を置いて「我慢しなさい」と告げたところで聞く耳など持たない。親の目を盗んで食べてしまうに決まっているのに。


 優雅に一礼した聖女に見惚れたヨーゼフが何を思い、何をしたのか。神さながら眺めるメフィストは、呆れたように呟いた。


「このように身勝手なカエルが、どうして廃嫡されなかったのか。人間の政は本当に不思議です」

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