第146話 黒く染まるは容易く

 犯した罪は加算される。その考え方は、寿命が長い魔族特有のものかもしれない。同じ罪でも種族により刑期が異なるのだ。平均寿命に対しての割合で計算される上、罪が発覚するたびに刑期を上乗せする。


 人間であったヨーゼフの当初の罪はわずか65年――それでは軽過ぎた。魔王が納得するわけがない。人間の寿命の半分以上だが、魔族なら数千年レベルの罰が必要だった。ならば罪を重ねさせて、寿命より上まで加算すればいい。


 メフィストが置いてきたヨーゼフやその取り巻きは、今頃5カ国の連携にヒビを入れている頃か。元王太子だった子供は萎縮していたが、人間の群れに戻されれば傲慢さを発揮する。その態度は大きく、発言は周囲を苛立たせるだろう。


「なので、内部から崩壊すると思うのですが……その前にここから崩しましょう」


 内部崩壊の手筈を整えたのに、その効果が出るのを待たずに攻め込む。そう告げるメフィストに、末の王弟オスカーは頷いた。


 ルベウスから合流した援軍に見せ場を用意しなくては、ベリル国の体面に関わる。さらに集めた防衛軍は給与が発生した分、何かしらの手柄を必要とした。国というのは意外と運営に面倒な一面がある。何もないのに予算を使って軍を動かせば、次の有事に申請しづらくなるのだ。


「この防衛ラインまで押し出せたら」


「おや。人間にしては欲がない。この5カ国は王族が戦場にいますよ」


 それぞれにお葬式が重なって大変ですねえ。笑うメフィストはまさに悪魔だった。


 戦場にのこのこ顔を出した、欲をかいた王族は処分する前提で、弱った各国には賠償金を請求する。国が持ち堪えられずに倒れれば併合、頑張っても数年後に彼らは決起して叩きのめされるはずです。恐ろしい未来をさらりと口にした男は、眼鏡の縁を指先でなぞった。


「綺麗事で国は守れません。毒を煽り、敵を絡め取る糸を操る謀略家がいなければ、国のトップが手を汚すことになります」


 それは避けるべきだ。王国のあり方を淡々と語るメフィストに、オスカーは尊敬の眼差しを向ける。同じようなことを遠回しに告げる教師の綺麗事より、実践に基づいた教育は心に響いた。かなり黒い教育だが、当事者は気付かない。


「ならば僕が毒を煽りましょう」


「良いお覚悟です。ではまずここから」


 攻め込む予定地を指さすメフィストの横から、総大将のオスカーが別の場所を示した。


「こちらも潰しましょう」


 挟み撃ちにする。逃げる相手を追い込んだ先に、最強の助っ人を配置したい。ゲーム盤しか知らないからこそ、末っ子は救いのない手段を選んだ。


 実力が拮抗する敵ならば、窮鼠猫を噛む――反撃される可能性もある危険な一手だった。


「いいでしょう。お手並みを拝見します」


 危険を指摘せず、メフィストは引いた。それは戦局をひっくり返せる駒がいないゲーム盤を、正確に把握した彼の譲歩だ。


 子供の無謀とも言える策を、メフィストは脳内で補完していく。緊急時に動かす駒の位置を確認し、海へ向かった主君も頭数に数えた。


「人間の国は数が多すぎます。この際、徹底的に減らしましょうか」


 ベリルとクリスタが残れば、後は不要とします。魔国の宰相は、現実をゲーム盤に置き換えて最後の駒を置いた。

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