第145話 罪の数は加算方式で

 地図に示された情報に、手持ちの視察状況を重ねる。手薄だと指摘した場所は、補給線の合間だった。一見すると重要な部分に見えない。外壁もあるし、外から襲われて国に入り込まれる可能性は低かった。


 しかし繰り返すようだが、補給線の合間なのだ。ここを占拠されると、前線へ送る武器や食料が途絶える。そう警告するメフィストに、末っ子王子は目を見開いた。


「確かに……盲点でした。ありがとうございます」


「いえ。先ほどちょっと届け物をした帰りに、見つけた穴です」


「届け物……ですか」


 この先は敵となった5カ国が展開していたはずで、彼に用のある人物がいるのは考えにくい。ちらりと様子を窺う視線を向けた末っ子に、メフィストは満面の笑みを返した。


 笑顔が毒になるって、こう言う人に使うんでしょうか。自国の諺を思い出し王子の顔が引き攣る。腰の引けた総大将に、魔国の宰相であり今は参謀を名乗る男は、平然と事情を説明した。


「ユーグレース王国から回収したゴミがあったんです。一応肩書きは元王太子ですし、勝手に処分できないでしょう? ですから、あちらの方々に引き取っていただきました」


 ユーグレースの元王太子? 確か名は……


「ヨーゼフ、でしたか。大変喜んでいただけましたよ」


 双方に。そう告げたメフィストの笑みが黒く感じた。腰どころか立ち上がって逃げ出したい心境に駆られる。総大将を任せられる程の王子は、知識も先読みも有能だった。だからこそ事情をきちんと把握する。


 魔国、獣国、クリスタ国すべてが祝い事続きだ。恩赦で罪人も赦される可能性があり、適用されない罪人は先に処分される。どこの国でも通例のそれを、魔国は予想外の形で行った。


 罪人にさらに罪を重ねさせて、恩赦適用外とする。元王太子ヨーゼフは、同盟国ベリルへ宣戦布告した5カ国に加担した罪を足されるのだ。


「我が国には、3つの罪は贖えないという考え方がありまして」


 ひとつ目はクリスタ国へ攻め込んだ戦争行為、ふたつ目は魔王妃アゼリアへの不敬、みっつ目は……今回の騒動。だがそれだけではない。


「おや、気づいてしまいましたか?」


 よっつ目が存在することを。まるで戦略や謀略の教師のように、メフィストは同盟国の王子に説明した。淡々とした口調なのに、口元の笑みと楽しそうな声色が本音を示す。


「ベリルに攻め込んだ敵を殲滅する際、彼らも必死で抵抗するでしょうね。でも獣国の精鋭に勝てるはずがない。そこに加えて、我が主君がおります」


 魔王陛下への不敬罪と弓引いた罪、同盟国であるルベウスへの攻撃……おや、4つでは足りませんでした。そんな残酷な足し算を披露し、魔国の宰相は肩を竦める。子供の悪戯を指折り指摘するような気軽さに、末っ子王子は心に刻んだ。


 どんなことがあっても、同盟を維持しなくてはならない。戦力差以前の問題として、人間が魔族や獣人に勝てない部分を見せつけられたのだから。


 獰猛さにおいて比類ない獣人、残酷さが際立つ魔族……人間が勝てるとしたら、狡猾さと立ち直りの早さくらいだろう。今後の方針を考えながら、優秀な末の王弟はメフィストに笑顔を返した。


 人間にも有能なものは生まれますが……末っ子として埋もれさせるには惜しい人材ですね。後でスカウトも考えましょう。そんな評価も知らず、総大将は穴埋めの手筈を整え始めた。

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