第144話 知らないことは幸せです
歓声を上げる群衆は、角や翼を出しっぱなしの魔王軍にも花を投げかけ、お祝いやお礼の言葉を口にした。嫁いだ当初は隠していたが、カサンドラは領地で尻尾や耳を出して生活してきた。その成果が、今になって現れたのだ。姿が自分と違っていても、差別する意識がなかった。
その偏見のなさに驚いたのは魔族の方だ。もちろん獣姿の第三形態以上になれば、彼らも恐れて蜘蛛の子を散らすように逃げる。それは魔族同士でも同じだった。
「思ったより……」
「ああ。これなら移住する奴も出そうだ」
「獣人に対しても当たりが柔らかいだろう」
「新しい王の嫁って、獣人だっけ」
憶測と情報を交換しあいながら、マルバスやアモンも手を振った。さすがに街に入るので外で第二形態まで姿を落としている。ラミアであるアモンの肌には鱗があるし、マルバスも角を隠していない。
「いい国じゃん」
マルバスの括りに、魔王軍の重鎮達は顔を見合わせて頷いた。そんな歓声が城に近づくと大きくなる。手を振る英雄達の先に、ベルンハルト国王が立っていた。民によく見えるよう、城門の上にあるテラスから手を振る男の顔は、兄妹だけあってアゼリアに似ている。
「姫と髪色違うんだね」
「瞳も少し暗いかな」
顔が似ていると、今度は違う場所が気になる。赤毛のアゼリアは母親に似たのだろう。アウグストの鈍い金髪を受け継いだベルンハルトの品定を終えたゴエティアは、ほぼ同時に言い放った。
「「「「意外と似てない(わ)ね」」」」
内面も含めて、天真爛漫で素直なアゼリアと腹黒そうな兄ベルンハルトに共通点は少ない。間近で見るチャンスに恵まれた彼らはしっかり観察し、魔国サフィロスで待つ同僚に自慢する気だった。今回の同行者は、厳しい勝ち抜き戦で残った強者ばかりだ。
「お、兎の公爵令嬢だ」
アンヌンツィアータ公爵令嬢ヴィルヘルミーナ、その名は魔国で有名なのだ。
数年前に魔族内の反逆者が獣国へ逃げ込んだ騒動があった。他国に迷惑をかける前に処分せよ――その命令を受けたゴエティアが向かったルベウス国は、すでに侵入者の排除を終えていた。その際、侵入者を撃退したのがアンヌンツィアータ公爵家の姉弟だった。
父である公爵自身も兵を率いて出向いたが、到着する前に姉弟が倒し終えていたのだ。理由は領民に乱暴しようとした男に我慢できず飛び出した姉を、魔族が襲おうとした。見た目は愛らしい兎のご令嬢だ。撃退した姉と加勢した弟が有名になるのも当然だろう。
魔族にとって強者はそれだけで尊敬に値する。だが……弟より姉が有名になったのは理由があった。負けて「もうしません」と泣いて許しを請う敵を、容赦なく踏みつけたのだ。その際のヒールが尖っていたこともあり、新たな境地を開拓した男達は見違えるように大人しくなった。
別の表現をするなら、ある部位を潰されて非常に女性らしい大人しさを手に入れたのだが……。恐ろしい技と情け容赦ない処罰に、男性魔族が己の無事にほっと息をついたのは言うまでもない。ちなみに迷惑をかけた詫びと犯人の引き取りは、女将軍バールを含め女性魔族のみの編成だった。
そんな裏話を思い出したゴエティアの男達は、絶対に彼女には近づかないようにしようと確認し合い、恐ろしさに身を震わせる。笑顔で城壁の上から手を振るご令嬢の隣に立つ、クリスタ国王ベルンハルトに尊敬の念を抱きながら。
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