第147話 手元に残った貧乏籤
喚き散らす元王太子を見ながら、将軍職を預かる侯爵は頭を抱えた。
「どうしてあんなの、うちの軍が預かるんだ」
「仕方ありません。くじ引きで負けました」
運がなかったんです。そう告げる部下に、大きく肩を落とした。最近薄毛が気になり始めた頭頂部から、貴重な残りの毛がはらりと舞う。すべてあの王太子とやらの所為だった。
ユーグレース国が、有能な外交官であった宰相へーファーマイアー家を追放したのは、数ヶ月前だ。あの国はかの公爵家のおかげで治安がよく、また農作物の備蓄も多い安定した運営をしていた。内外共に把握して管理するアウグストの才能はもちろん、その子息は父に劣るが優秀だと評価される。2代続いて有能な者がでれば、王家が転覆すると言われてきた。
息子がある程度、優秀と呼ばれる範囲にとどまることは、ユーグレース王国にとって僥倖だろう。兄と父に溺愛される才色兼備の令嬢アゼリアに関しては、パーティーで微笑まれた男性はすべて堕ちると言われるほど人気があった。へーファーマイアー公爵令嬢は喉から手が出るほど欲しい娘であり、各国の王家が隙あらばと狙う優良物件なのだ。
そんな彼女が婚約を破棄された。自国の貴族令嬢だからと王妃になることを義務づけられたアゼリアが自由になった。南の各国の王族がこぞって求愛の手紙を書く中、あっという間に彼女は魔王に奪われる。それを奪還しようと動く連中にとって、今回のアゲート国の愚行は隠れ蓑に最適だった。
この騒動に乗じてアゼリア姫を手に入れれば、ユーグレース国を飲み込んだクリスタ国王を配下に置ける。単純にそう考え、他国を牽制しながら策略を巡らす。そんな中で、どうしてこんな荷物が届くのか。
進軍するルートに、さりげなく置いて行かれた荷物は、滅びて名前ばかりのユーグレース王国の元王太子だった。捨ておくのも難しく拾ったものの、取り扱いに困る。我が侭を振り翳し、母国が滅びかけているなら兵を貸せと騒ぐ。返すアテもない金を貸すバカがどこにいる?
結局、5カ国でクジを引いた結果……運悪く我が国が引き当ててしまった。隣国の王子は手を叩いて喜び、向かいの国の将軍は「お気の毒に」と言いながら口元が笑っていた。逆の立場なら似た反応をしただろうが……自国のことでは笑えない。
「討って出て、我が国の意地を見せてくれる!」
「さすがです、王太子殿下」
元の肩書が抜けているが、側近は自国がどんな状態か知らずに持ち上げているのだろう。
「こうなったら、なんとしても戦死してもらおう」
「それしかありませんな」
同意した参謀と顔を見合わせ、侯爵は物騒な相談を締めくくった。カエルのように肥え太ったヨーゼフは、王位を継ぐことなく戦場に散る。ゆえに、保護した我が国が貧乏籤から金の卵を拾えば良い。クリスタ国の目の前、交通の要所として元ユーグレース国の領土を請求する権利がある。そう信じて、侯爵はまだ見ぬ獲物の皮算用を始めた
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