第140話 早朝の敵襲を挟み撃ち

 急拵えで作った木製の櫓から、物見番が鐘を鳴らして声を張り上げる。朝日が昇りきらぬ時間帯の鐘は、現場を騒然とさせた。


「敵襲! 南西の方角に注意せよ」


 矢をつがえる弓部隊が一斉に南西方向へ駆け寄る。その騒ぎを櫓の下に設えられたテントから眺めるアゼリアは目を輝かせた。


「少しだけ! ねえ少しだけだから」


「ダメです」


「そう固いことを申すでないぞ」


「お約束を守れないなら、帰っていただきます」


 端の方で防衛戦に参加したい狐耳のお姫様と、それを咎める魔国の宰相。婚約者は自分が守るので願いを叶えてやろうと我が侭を振りかざす魔王――それらのやり取りを、達観した目で眺めるベリル国王弟クリストフ。


 テント内で警護にあたる兵もざわついた。何だろうか、魔国に対して妙に親しみが湧いてくる。圧倒的なカリスマ性と強さを持つ王の我が侭を諫める宰相に、徐々に同情も集まっていた。


 折角参謀として参加しようと思ったのに、突然乱入した主君のせいで台無しになったメフィストは、一切譲らない。後方で戦の結果待ちになってしまい、地図を睨んで眉を寄せた。


 人間の戦はゲーム盤と同じだ。力押しができず、兵を転移して急襲をかけることも出来ない。相手の打つ手を読み、その先を考えて仕掛ける。複雑な読みが重要なゲームを、この2人が台無しにした。ぎろりと睨むメフィストの姿に、アゼリアの耳がしょぼんと垂れた。


「メフィスト、アゼリアを睨むな」


「陛下を睨んだだけです。姫を離したらよいのでは?」


 ここは戦場ですよ。そう言い放つ歯に衣着せぬメフィストに、人間達から尊敬の目が向けられる。だが彼らは忘れていた。メフィストは睨んだことを否定しなかった。さり気なく、怒ってますよと示す手際の良さは、王弟によって評価される。


 なるほど、魔王を操るのは宰相か。魔国の裏事情を見た気分で、クリストフが肩を震わせる。さすがに声に出して笑う勇気はなかった。


 魔王の膝に横抱きで角を撫でるアゼリアだが、一応準備はしていた。動きやすい乗馬服に似たズボン姿で、クリスタ国で採用予定の軍服の上着を羽織る。さらに髪は高い位置で結んで邪魔にならぬように気遣い、愛用の剣もしっかり装備した。いつでも戦場に出られるスタイルだ。


 剣技で兄に勝るとも劣らぬ美女は、彼女なりに戦力になるつもりだったのだろう。和らいだ雰囲気を引き締めるように、次の伝令が飛び込んだ。


「南東からも敵影あり」


 覗き込んだ机上の地図に、敵の位置にピンが突き立てられる。ベリル国が数年前に吸収した小国の領地は突き出しており、その先端部分にこの櫓とテントは設営された。東西両側から攻め込まれた形だが、クリストフは慌てない。


「予定通りだ。回り込め」


 淡々と指示を出し、自らの手で味方の兵を示すピンを移動させた。全体の兵力を半数以上割いた部隊が回り込む図を描く。敵国内を移動する兵力は大きいほど見つかりやすい。発見を防ぐために、一番目立つ場所に囮を置いた。将軍である王弟という最高の餌を撒いて。


「なるほど……」


 力押しが主力の魔王軍とは違った戦上手の動きは、当初の予定より早い。森の移動にたけた獣国の援軍をすべて注いだ部隊は、向かい側の予定地点へ到達しようとしていた。

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