第139話 新たな戦場を求める魔王降臨

 戦う兵士が転送されるのは理解できる。繋いだままの魔法陣は翌朝、予想外の客を吐き出した。


「……バルバドス、何をしているのですか?」


 メフィストが顔を引きつらせる。バルバドスは周囲を見回して安全を確認すると、さっと膝をついた。その姿勢に次にくる人物が想像できる。メフィストも軍服に似た正装姿で膝をつく。


「海の香りだ」


「すごいわ! 肌がベタベタする」


 普段と違う雰囲気に感動するアゼリアを連れ、魔王降臨だった。早朝の戦いに向けて配置された兵を見舞う……そんな名目で、遊びに来たのは間違いない。


「陛下、向こうの戦場はどうしました?」


「片付いたゆえ、掃討戦の指揮はマルバスに任せた」


 体よく丸投げした姿が脳裏を過ぎる。そこでメフィストは疑問に眉を寄せた。戦場の責任者として将軍がいたはずだ。13名にも及ぶ魔王軍を統括する役目を負った者は、何をしているのか。まさか人間相手に負傷で離脱など……口にしたが最後引き裂いてやる。物騒な宰相は、表面上穏やかに問う。


「バール将軍はどちらに」


「彼女なら、バラムに連れ去られたぞ」


 絶句する宰相をよそに、魔王はご機嫌だった。戦う姿がカッコ良かったとアゼリアに褒めてもらい、義父アウグストもやっと認めた。これで結婚式まで邪魔するものはない。イヴリースは整った顔を甘く蕩けさせ、腕に抱く姫の赤い髪や三角の狐耳に口付ける。


「擽ったいわ」


「そなたに触れずにおられぬ。魅力的なアゼリアが悪いぞ」


 いや、どうみても貴方の不埒な手が悪いと思います。他国なので言葉にしないが、しっかりと視線でストップをかけた。


 魔王が転移したと聞き、ベリル国王が城の前に飛び出す。騎士に守られた王の姿に、城下町の民は盛り上がった。勝ち戦確定とばかりに万歳する民に手を振り応えたあと、慌ててイヴリースの元へ駆け寄った。


「突然すまぬ」


 事前予告もなく、王族が他国を訪れるのは異例だ。宣戦布告に等しい行為だが、あっさりとイヴリースは引いて見せた。苦笑いするメフィストにも緊迫感はなく、婚約者を伴った姿から戦を仕掛けられる可能性は排除できる。もし攻め込む気なら、アゼリア姫は同行させないだろう。


「いえ。魔王陛下とは、今後の世界についてぜひお話したいと願っておりました」


 嘘ではない。人間の国がほとんど滅びて数が減れば、南のベリルと北のクリスタが世界の半分を制する。残る魔国サフィロスと獣国ルベウスが交易し、隣人として付き合う国は限られていた。


「陛下、ぜひ会談の機会を設けさせていただきましょう」


 にっこり笑う宰相の言葉に顔を引きつらせるが、イヴリースは拒否しなかった。王として国を富ませ、民の生活水準を向上させる機会なのは承知している。


「わかった。先に狩りを済ませてこよう」


「姫もご一緒ですか?」


「当然であろう」


 他国の戦に乱入する行為を狩りと称し、勝手に引っ掻き回すつもりの主君に、名宰相は太い釘を刺した。


「狩りにはルールがございます」


 従っていただきますよ。そう告げるメフィストに、無関係のはずのベリル国王が青ざめた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る